(記/minaco.)
ようやく最終回です。
08マンチェスター・ユナイテッドは、ホームで毎試合およそ7万人を集める。そして、その中にはいつもレオンティンがいる。ルートは後半残り20分で出場した。試合は0−0に終わった。
【オールドトラッフォードのトンネルから程近くの席で、レオンティンが観戦しているところ。チャンスが来れば立ち上がり、クリアされると溜息をついてまた座る。周りのユナイテッドファンと同じように。
試合が終わり、選手達がトンネルを引き揚げて行く。彼女は黙ってそれを見つめている。
試合後、選手駐車場には大勢のファンが待ち構えている。いつものようにルートは彼らにサインし、自分の車へ向かう。】
◆ ◆0−0。スコアレスドロー。タイトルは不可能。そして、物事が悪くなった時の事に思いを巡らす。ファーガソンは彼の最高のストライカーをカーリングカップ決勝のベンチに追いやり、プレイさせなかった。
【帰途に就く車の中。ルートは夜のマンチェスター市街を運転しながら、インタビュウに答える。】
「あれは本当に傷ついた」
── 君は説明を求めなかったの?
「うん。何をしたって気持ちは晴れないさ。起きた事が事実で、それが現実。その後…何を訊けっていうんだ。答えは……もう、済んだ事だよ」
──元には戻せないのかい?
「(首を振って)…ああ」
── 来年もマンチェスターでプレイする?
「答えるのは無理だよ。俺はいつだってここに戻りたいさ。何も問題がなけりゃ。
俺のファンやクラブへの気持ちを変えるものなんかない。永遠にそんなものはない。
永遠にね。どうやっても」
【前を見つめ言葉に詰まりながら、唇を噛む。オレンジ色の街灯のせいか、涙目なのか、目が赤い。
車は住宅街にある自宅に到着。カメラは中まで入らない。煉瓦造りで英国風2階建ての家は、暗く静まり返っている。車から荷物を降ろし、ルートは玄関を開ける。】
「ただいま」
◆ ◆
ファーガソンが事態を悪化させた。プレミアリーグ最終戦の直前、彼はルートに荷物をまとめろと言った。もはや、ベンチにさえ彼の居場所はなかった。その瞬間ストライカーは混乱し、激怒した。
彼はどんなプレスとも接触を避けた。話す事が全部間違って取られた。
2週間後、スイスでのトレーニング・キャンプでルートは少しだけ話してくれた。
「俺はクラブでベストシーズンの一つを過ごしてたんだ」
── でも、ファーガソンによって追い出された。それとも、君が出て行ったの?
「彼に“出て行け”って言われた」
── その時の君の立場を我々はどう書けばいい?
「あの時、俺は1人ぼっちだって気がしたよ」
マンチェスターに戻っても、何ともならないようである。彼は他のチームでプレイしようとしている。誰もが今、ストライカーの後を追いかける。
「ああ、有り得る。それは有り得るな」
── この5年間の終わり方としては、相応しくない結末だ。
「これが俺を強くさせるんだ。選手としても、人間としてもね」
ルートの将来はイングランドにはない。しかし、すべては不確かだ。彼自身にさえも。彼はそれについて考えたくない。ワールドカップが終わるまで。
キャリアのクライマックスであるワールドカップが終わるまでは。
〜完〜
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【付記】
未だに、当時の事をワタシはよく憶えています。
ユナイテッドでの最終シーズン(2005-06)、ルートはリーグで21点を挙げ2度目の得点王も狙えたけれど、チームはチェルシーに大差を付けられてタイトルを逃しました。
フレッチはキーンに公然と叱責され、ロンは悩みの種で、フィルがそれを叱咤し、ギグスはCHをこなし、ルーたんはしばしば退場し、リオは時々ポカをやり、スミシーが大怪我を負い、ブラウンは相変わらずで、ポールさんは目の病気で離脱し、オーレは長いリハビリに耐え、キーンが突然退団し、ギャリーが新主将となり、グレイザー一家がクラブを買収した後ファンは懐疑心に揺れ、ファーギーは批判され、おシェイはおシェイでした。そして、ジョージ・ベストがこの世を去りました。
何もかも激動した時代の変わり目であり、我々にとって近年で最も辛い時期でした。信仰を試されたかもしれない。けれど、そんな中でもユナイテッドがホームのチェルシー戦でファンのプライドを満たした最高の勝利は、モスクワでのCL決勝以上に忘れられません。
そのゴールを挙げたのは、フレッチ。
その時、キャプテンバンドを巻いたのがルートでした。
すべて終わってしまった事。そもそもルートが初めての殉職ではないし、最後でもない。だけど、このドキュメンタリーは、その後ずっとワタシの心の支えになりました。
事実において、ルートの5年間がユナイテッドファンにどれ程の価値があるのか解らない。ただ、彼がクラブの歴史を悉く勉強し、チームのデータをすべて憶え、ファーギーに手紙を書き、どん底の時期に5試合キャプテンバンドを任されファンに誠意を示し、キーノの引退試合に立ち合わせてもらえず酷く悔やんだ事。数字や記録には一切残らないけど、それこそがワタシにとっての真実なのです。
ああ、今更未練がましくてすみません。
こんな真夏に暑苦しくてすみません。
長々と痛くてすみません。
でもお盆だし、ユナイテッドの新シーズンが始まる前に、オールドトラッフォードを彷徨う殉職馬の魂を供養しておこうと思って…(嘘)