17歳でトップチーム・デビュウした頃、ギグスは天才児でありアイドルだった。
黒い巻き毛にエクボ、正に悪魔のようなルックスとドリブルで、当時まだ色気づく前のベッカムなんかよりずっと女の子達を夢中にさせた。コーナーキックを蹴ろうとするギグスに、乱入した女子がキスを迫るという事件まであったという。私にとってもカントナ以前の最初のアイドルだった。
その後度重なる怪我とウェールズ代表という宿命で辛酸を舐めつつも、ジャックナイフの切れ味を持つ唯一無二のドリブルは敵DFが触れもしないのにバッタバッタと尻餅をつくシーンを何度も演出した。現在のロンのような中途半端なボールの持ち方と違って、ファースト・タッチからシュートまでこれぞ完璧なウィンガーという手本である。彼の父が(アンタッチャブルな話題だけど)ラグビー選手だったというDNAのせいか、あの独特の間合いはラグビーを見てるかのようだ。
時は流れてトレブルも昔になり、同期の仲間も一人また一人と去った今、ユナイテッドでギグスはベテランと呼ばれ、長かった巻き毛も幾分後退し、ハーフタイムにはもう伸びてると言われたヒゲの濃さも最近は薄くなってきたような(ちなみに熊の如き胸毛は健在)。
しかし、ここに来てギグスは新たな局面を見せている。昨季辺りからコンスタントなレギュラーポジションが務められなくても、出ればグッド・ジョバーぶりを発揮。そこまでは想定の範囲。だが、今季は次第にトンパチなプレイが見え始め、我々は意表を突かれる事になる。
現在のギグスをあえてプロレス的に見る事をお許し頂きたい。彼は今、天龍源一郎さん状態と我が家では言われている。 つまり、
ネイチ→グッドジョバー→トンパチ→天龍さん 。 天才の最終進化形ってこういう風になるのものかと。
これは畏敬を込めた表現だ。豊富な経験を持つが故、もはや恐れるものなど何もない唯我独尊の世界。共にピッチに立つ若手を全く意に介さず、つまり彼らを立てようなどと気遣いもせず、俺が掟で突き進む。トップに立ちたきゃこの俺を超えてゆけ、という事か。なんて大人げない。スポーツカー収集をやめパパになって、ヤンチャした彼も落ち着いたと思ったらとんだ大間違いであった。
ギグスの前にはポジション適正という言葉も無意味だ。右に左に、センターMFでも関係ない。先日のポンペイ戦の1点目はセンターでいきなりギア・チェンジしたギグスのドリブルから生まれたが、もうセンスだけでどこでも出来ちゃうのよね、と口を開けたまま眺めるしかない。だってそのフットボールセンスって特別だもん。いいんだよ、それで。そんなギグスが好きだ。
ギグスがセンターでプレイするのは普通に考えればリスキーだ。ボールの持ち方はウィンガーだし、プレイの選択も強気過ぎて危なっかしい事も。でもそれがユナイテッドらしさでもある。彼には解るのだ。
リスク・マネージメントなんて知ったこっちゃない。
悪魔が何を恐れるというのか。それはギグスに与えられた特権。
"Giggs...Giggs will tears apart them ...again♪" (元歌はJoy Division)
ギグスは再び奴等を引き裂く。
(記&絵/minaco.)