S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

イラストレーターMinacoとなるほ堂が、サッカーのこととか、映画のこととか、日々日常に関して、その情熱の総てを地球にぶちこんで叩き付け、戦い挑み、愛を説く日々の記録。
XML | ATOM

skin by なるほ堂
ABOUT CONTACT BLOG LINK
カテゴリ:映画( 172 )
| ▲ TOP
景気付けする映画
(記/minaco.)


観ると元気が出る映画って何があるだろう。実はパッと思い付かなかった。オールタイムで好きな映画なら沢山挙げられるのに、例えば『ケス』とか『太陽がいっぱい』とか、或いは『赤い砂漠』とか、とてもじゃないが明るいとは言えない系統ばかりである。いや、内容が暗くてもそこには美しい瞬間が詰まってるんだけど、景気付けしたい時にオススメできるものじゃない。

で、色々思い出していたら、自分にとって気持ちを明るくするのは1本の映画そのものとゆうよりも、映画の中のワンシーンやそこに流れる音楽や台詞だったりする。なので、そんなシーンを含む映画をつれづれと紹介してみたい。


【キャバレー】

キャバレー [DVD]

JVCエンタテインメント


ライザ・ミネリ主演、ボブ・フォッシー監督のミュージカル。キャバレーでの一夜の夢に、浮世の憂さを忘れ踊らん哉。名曲揃いの中で、とりわけ思い入れ深いマイ・テーマソングは“Maybe this time”。今度はきっと、いつかはきっと私が勝つ…いたいけなライザと一緒に歌いたい。

【シービスケット】

シービスケット [DVD]

ポニーキャニオン


大恐慌時代のアメリカで人気を博した伝説の競走馬、シービスケットの実話。騎手(赤毛のトビー・マグワイア)や馬主、調教師らの人間模様と共に、暴れ馬だったシービスケットが奇跡の復活を遂げる迫力のレースシーンが見所。「勝負はスピードじゃない、逃げないことだ」との名言が、まるでガチ暴れ馬ストライカーと重なった。


【ダイ・ハード】

ダイ・ハード [DVD]

20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン


やはり1作目は何度観ても面白い、奇跡の1本。とことんイラつく目に遭うジョン・マクレーンが、とことん人を小馬鹿にして、とことん倍返しして、とことんミもフタもなくブチ壊してゆくのがブラボー。 Now I have a machine gun. Ho-Ho-Ho!!って一言余計な落書きは、正に「人を怒らせる天才」だ。


【パイレーツ・ロック】

パイレーツ・ロック [DVD]

ジェネオン・ユニバーサル


好きなのは、単なるハッピーエンドじゃない。そこに一抹の失われた哀しみが伴うこと。フリーダムな楽園に身を置きつつ、でもそれは古き善き時代の中にしか存在しないとゆう現実。マジックやロマンはいつしか船と共に消えてゆく。

ともあれ、無茶苦茶カッコいいフィリップ・シーモア=ホフマンに尽きる。むしろ、このカッコよさは男にゃ解らんのでは。彼から滲み出る物哀しさ、「今がピークで後は下り続けるだけ」って皮肉と、それを洒落のめす姿勢がロマンよ。

【ペルセポリス】

ペルセポリス [DVD]

ポニーキャニオン


イラン人女子の波乱万丈な青春を回想した、アニメーション映画。とにかく絵がとっても美しい。単純な線で描かれた漫画のキャラクターが可愛らしくてユーモラスなのと同時に、芸術的な白黒グラデーションの色彩にうっとりする。主人公は母国からウィーン、パリ、やがてまたイランへと激動の時代を過ごすのだけど、怒り落ち込み闘う等身大の女子目線に民族が違えど共感しきり。

どこに居ても身の置き所なく悩める彼女が、ふとこのままじゃイカン、と起き上がる時に流れるBGMは「アイ・オブ・ザ・タイガー」。高らかと鳴り響く脳内入場テーマ曲。80年代の青春を重ねつつ、これは力入ります。


【プラネット・テラー】

プラネット・テラー [Blu-ray]

ジェネオン・ユニバーサル


ロドリゲス映画から受ける感銘は、いつも同じ。こんな場末のグラインドハウス向けゾンビ映画でも、観た後は肩で風切って歩きたくなる。だって掛け値なしに、本当に良い話だもの。

大切なのは家族と愛と「無駄な才能」。チェリー・ダーリンとエル・レイは、ボギー&バコールと並ぶ映画史上最強カップルだと思う。“Two against the world”、これを合言葉に無茶な勇気が沸いてくるのだ。


【僕の大事なコレクション】

僕の大事なコレクション 特別版 [DVD]

ワーナー・ホーム・ビデオ


原作「Everything Is Illuminated」も大変素晴らしい傑作で、映画はそれを多少アレンジしてあるけど、同じくらい傑作。ユダヤ系アメリカ人青年がルーツを辿るウクライナ、そこで暮らす表裏一体な同胞たち。驚くべき真実は映像化された事で何重にも深まって、最後に力強い余韻を残すんだった。良い映画というより、凄い映画です。

エブリシング・イズ・イルミネイテッド

ジョナサン・サフラン フォア / ソニーマガジンズ



【マルクス兄弟 オペラは踊る】

マルクス兄弟オペラは踊る 特別版 [DVD]

マルクス兄弟 / ワーナー・ホーム・ビデオ


『ハンナとその姉妹』の中で、ウディ・アレンがマルクス兄弟映画を観た後、人生は何て単純なんだ!」と悟るシーンがある。そう、ぐだぐだ世を儚んでみても、グルーチョのマシンガントークやチコのふざけた1本指のピアノやハーポの無言のニヤニヤ笑いの前ではすべてナンセンス。アナーキーなパンクス精神こそ、マルクス主義だ!


【ライフ・イズ・ミラクル】

ライフ・イズ・ミラクル [DVD]

アミューズソフトエンタテインメント


エミール・クストリッツァ映画には、もれなくバルカンブラスが付いてくる。ガチャガチャとけたたましく、せわしなく鳴り響くブラスバンドの音楽を聴くだけで、身も心も躍り出す。人も動物も敵も味方も入り乱れて、祭りが始まる。もう細かい事なんてどうでも良いや。


【レッスン!】

目的も希望も持てない若者に、バンデラス先生が説くガチ名言の数々。これは汗臭いスポーツじゃなくて、エレガントにな社交ダンスで教育する熱血ガチ先生の映画。誰かのリードを必要としてる人には、「信念は最強の秘密兵器だ」なんて直球の説教がグッとくる。


【81/2】

8 1/2 普及版 [DVD]

紀伊國屋書店


フェリーニの映画には、色んなイタリア人の顔がある。老若男女、金持ちも貧乏人も、みんな良い顔。ニーノ・ロータによる哀愁のジンタが次第に大きく鳴り響き、やがて沢山の顔がセットに集まる。「人生は祭りだ」!
[PR]
by tototitta | 2011-07-07 01:24 | 映画 | Comments(0) | ▲ TOP
『Dear.フランキー』を再び
(記/minaco.)

Dear フランキー [DVD]

ハピネット・ピクチャーズ



スコットランドのグラスゴーを舞台にした映画、『Dear.フランキー』を再び観る。以前にも感想を書いたので粗筋は省くけど、しみじみと良い傑作。とりわけ東北人にとっては、登場人物達の心情が手に取るように解る気がする。

改めて感じたのは、脚本と演出のきめ細かさだった。特に、声の演出。映画は何度目かの引越しをするフランキーくんが、未だ見ぬパパへ語るモノローグで始まる。だがやがてしばらくすると、フランキーくんは難聴で声を発しない少年だと解る。観る者は既に彼の声を聞いてるのに。

また、船乗りだと偽って届くパパからの手紙も、最初はママ(エミリー・モーティマー)の声で読まれるのだが、途中からまだ登場してないジェラルド・バトラーの声になってゆく。フランキーくんの記憶にないはずのパパの声。それとは気付かないほど細やかな伏線が、まるでこの後の小さな奇跡を予感させるかのよう。

そんな風に語り口は静かで、かつ豊かな情感をずっと含んでいる。大人の事情と子供の事情。ママと祖母との関係。余所者の家族へ寄せる周囲の思い。フランキーくんの手紙にたくさんの内なる声があるように、映像と役者の演技はそこにある心の機敏を雄弁に伝える。寂れた港町の風景はぼんやりと薄茶色に見えるけど、その中で赤い郵便ポスト(地図上の赤いピンと符合してる)やアパートの緑色のタイルが印象深い。

かりそめのパパが見守るフットボールの試合。フィッシュ&チップスの店。海を見下ろす高台。大きな貨物船が停泊する波止場、ボードウォーク、波打ち際。老若男女が集まるパブ。ああ、何とありふれた港町の情景が沁みることよ。


頑固だけど情に厚いスコットランド人の気質も、これを観るとよく解る。辛くても泣き事を言わず、自分や家族を守ろうとするフランキーくんたち。ジェラルド・バトラー扮する土地を捨て船乗りになったストレンジャーもまた、黙って彼らに寄り添う。ほんとうの事を声に出すより、大切な人の為に嘘を付く方を選ぶ。普段は思いを胸に秘め、ほんとうに大事な事しか言わない。その奥ゆかしくも頑なな姿勢は、きっとスコティッシュの「じょっぱり」なんだと思う。

岩手県民の満男も、いつだってチームや仲間を背負ってきた。Jリーグアウォード表彰式でのコメントや、今「東北人魂」をシューズに刺繍してピッチに立つのも、みんな満男らしい。自分を日本代表にアピールするのを嫌うのに、仲間の為にはその声を代弁しアピールする。鹿ファミリーの家長として、東北人として、それが我々の見てきた満男なんだ。

映画の最後の方で、ストレンジャーの素性を訊かれ「自分の弟よ」と答える友人。それもまた、誰かの為の嘘かもしれない。そして嘘の手紙がラストで真実に変わる時、それ以上の言葉は要らなくなる。
ほんの少し東北人魂を知る上でも、是非お薦めしたい映画です。
[PR]
by tototitta | 2011-05-02 00:46 | 映画 | Comments(2) | ▲ TOP
ビバ!『マチェーテ』
(記&画/minaco.)

d0031385_19212622.gif


念願叶って観た『マチェーテ』(2010)は、良いルチャ(=プロレス)興行だったよ!

オープニングから堂々R18+指定のエログロナンセンス。ダニー・トレホ兄貴(66さい)のどアップに、血みどろバトルに全裸美女にスティーヴン・セガール!観客の期待に惜しみなく応えるロドリゲスの誠意を感じて、あたしゃジンときましたね。お馴染みTroublemaker Studiosのロゴが出て、自身のバンドChingonの重低音が鳴り響き、タイトルバックでもうヒャッホー!と叫びたくなります。

そうそう、コレを待ってたのよ。トレホ兄貴がマグナムとマチェーテ(手斧)を手に取って、すかさずマチェーテを選ぶという細かいツカミが嬉しい。覆面ルチャドールが自由を求めて悪人達と闘う、それに観客が喝采を贈る、それがルチャ・リヴレの普遍的な醍醐味なのです。いや、何を言ってるか解んないと思うけど、この映画はチカーノであるロドリゲスがメヒコのレスラー達をメヒコ国境というリングで闘わせるプロレス興行なんであります。
例えば、こんなプロレス的様式美が。

【テクニコとルードのお約束】

テクニコ(善玉)とルード(悪玉)がハッキリ分かれてて、ルードが悪ければ悪いほどテクニコも引き立つもの。今回の敵はドン・ジョンソンやロバート・デ・ニーロなど豪華なタッグチーム。対するのは我らがトレホとチーチ・マリン神父の兄弟タッグ。メヒコのレジェンド、フライ・トルメンタは神父兼業レスラーだったし、信仰とプロレスには通じるものがある。

そしてただ闘えば良い訳じゃなく、そこには因縁の構図が必要。説得力あるアングルを作り出せなきゃ良いプロレスとは言えない。メヒコ不法移民VSテキサス金持ち差別主義野郎のアングルは、正にWWEにおけるマクマホンVS故エディ・ゲレロを観るかのよう。メヒコをなめんな!

【ディーバ=女子プロレス】

WWEにセクシーなキレイ所を集めた女子プロ部門があるように、ロドリゲス映画にも欠かせないのがディーバ達。強く激しく衣装はエロ第一、武器も嗜みタフな闘争心を持つ。ガテン系ミシェル・ドロリゲス姐さん、アイドルのジェシカ・アルバさん、汚れのリンジー・ローハンさんら幅広いニーズに応えるディーバ達が、トレホ(66さい)を巡って(?)繰り広げるバトル!

【凶器はそこにたまたまある】

あれ?リング下にパイプ椅子が!あれ?何故ここに梯子が!あれ?何の為に分厚いテーピングが!…などと小道具が周到に用意されてても、心優しき観客はツッ込まない。ただ、いつ使うのかとワクワク時を待つものなのだ。勿論、ルチャドールもちゃんと伏線張るのを忘れない。そして絶妙のタイミングでそれを使う。

今回用意された銃器以外の凶器は、バリエーションも豊か。マチェーテはシンプルな刃物系を好むので、「たまたまそこにあった」ワインの栓抜きや手術道具や芝刈り機や植木鋏など次々に応用する。まさかの○○まで使っちゃうのが素晴らしい。だって、あんなに解り易く前フリされてるんですもの。使うに決まってるじゃない!

【他団体の看板選手も特別参戦!】

ただでさえ豪華スター・バトルロワイヤルだが、一番の注目はスティーヴン・セガール!セガールといえば「沈黙シリーズ」であり、「セガールより強いのはセガールだけ」な特殊世界でのみお目に掛かれる伝説のレスラー。言わば、セガールは自ら主催するオリエンタル総合格闘技団体「沈黙」の看板選手なのだ。それが何とまさかの他流試合、畑違いのロドリゲス映画=ルチャに参戦とは。

他団体のリングに上がるからには、メインイベントでなくてはならぬ。つまりラスボス。余所者なのでルチャのムーブに付き合うのは当然の礼儀、かといって他所の団体のメンツを汚すような試合をさせないのも礼儀。セガールにとっちゃ所詮負けブックとはいえ、決め技も出さぬまま負ける訳にもいかんのだった。

そこで、ロドリゲスはあのような最期の見せ場を与えてやったんだろう。メヒコのマチェーテVS東洋の刀、とバランスも考慮した。プロレスを解するロドリゲスならではの、プロレス的配慮である。これなら「沈黙」ファンも納得するフェアな勝負(に見える)であろう。


さて、ロドリゲス映画を観た後は、いつも少しだけ強くなった気分で劇場を出る。無敵のヒーローみたいに、愛と勇気を胸一杯にして。エログロナンセンスだけど、真っ当に誠実な映画である。出来るなら、場末の映画館でルードにポップコーン投げ付けながらブーイングしたり、テクニコの決め技発動にフットスタンピングしたり、お色気シーンにヒューヒュー口笛鳴らしながら観る会作りたい。

「マチェーテ」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
[PR]
by tototitta | 2011-02-17 19:22 | 映画 | Comments(2) | ▲ TOP
健気さと80年代『リトル・ランボーズ』
(記&画/minaco.)

d0031385_23555598.gif


以前、R.E.M.の「Imitation Of Life」PVが気になって、それを撮った監督を調べた。するとそのガース・ジェニングスは、“SON OF RAMBOW”というユニークな題名の映画を撮っているではないか。RAMBOWってランボー?あの、シルヴェスタ・スタローンの『ランボー』の息子って!以来ずっとずっと公開を待っていたのがこの『リトル・ランボーズ』(2007)。


英国のどこか片田舎の街の映画館。観客の殆どが煙草を燻らせながらスクリーンを見つめる。片隅には、同じく煙草を咥えつつビデオカメラを向ける小さな男子の姿が。彼はリー・カーター、裕福な家に年の離れた兄と暮らす悪ガキ。

方や、プリマス同胞教会を信仰する家庭に暮らすウィル。厳格な戒律により一切の娯楽を禁じられるので、TVすら観た事がない。世間と隔絶された世界では、聖書をこっそり漫画で埋め尽くす事でしか自分を解放できない小さなウィル。

そんな男の子達が出会い、一緒に映画を作ろうとするお話なのだった。小さな2人が身体を張り、スクリーンを躍動する。ドタバタでトラブル続きの映画作りは笑えるけど、あまりに健気すぎて切ない。実は、後半からずっと泣きっ放し。止め処なく泣かされた。

ウィルが生まれて初めて眼にしてインプリンティングされちゃったのが、よりによって『ランボー』なのだった。ベトナム帰還兵ランボーが暴れまくり、理不尽な世界へ真正面から戦いを挑むスタローンのガチでマッチョな暴走が、幼い男子の内にインプリンティングされてしまうとは!抑圧から破壊へ、ウィルとリー・カーター、それに学校の生徒達やフランス人留学生にも何かを打破したい衝動がある。兄貴だって母親だって、それぞれにどうにもならない事情を背負ってる。2人に出来るのは映画『SON OF RAMBOW』を作ることだけ。

それにしても、『ランボー』シリーズが大ヒットした80年代とは本当にこっ恥ずかしい時代だった。映画に出てくるファッション、音楽…ムダに派手でダサすぎて泣けてくる。ロールアップしたスリムジーンズに派手な靴、逆毛立てた髪型、ニューウェイヴ、ニューロマンティック、パトリック・スウェイジ、そしてドンパッチ!(コーラと一緒に口にするのが流行)ああ、きっと監督はワタシと同世代に違いない。

ちょうど家庭用ビデオカメラが普及し始めて、しかもレンタルビデオの登場により映画を自分だけの物に出来るようになった頃。そんな当時だから、ワタシの周りでも自主制作映画を作る人がいた。高校の映画部に所属する友人も居たし、自分でもスーパー8で8mmカメラを回したり、家に簡単な編集機があったので見様見真似でフィルムを切り貼りしてみたり。やがて、映画を作ろうと試みた。

素人が思い付きで映画を撮る事は出来るけど、「完成させる」のはほんと難しい。経験上、殆ど無理だ。まず飽きる。脚本を書き友人を集め、カメラを回すだけで大抵は満足しちゃう。そもそも思い付きのノリだから、撮りっ放しで編集するのが面倒臭くてグダグダに終わるのが常だった。(そういやあの8mmどこいった?)

リー・カーターとウィルの映画製作にも困難が付き物。特に大変なのは監督だ。いつのまにかよく解らん連中が増殖し、筋書きは勝手に変更され、こんなはずじゃなかった!と手に負えないカオスに。遂には映画どころじゃない一大事に巻き込まれ…。

ただ、幼いながらも2人には熱い友情があった。映画を完成させねばならない訳があった。とことん健気だった。あまりにストレート直球な展開、てらいなく感動的な大団円。だって80年代だもの。恥ずかしげもなくアツいんだもの。スタローン=ランボーはガチだもの!

ランボーは自分と同じ苦しみを背負う仲間を思い闘う。「ランボーの息子」もそう。それが多分ランボー・スピリットなんだ。まさかトラウトマン大佐に泣かされるとは思わなかったけど、本家『ランボー』も観たくなる事間違いなし。

「リトル・ランボーズ」の映画詳細、映画館情報はこちら >>

【おまけ】 

[PR]
by tototitta | 2011-02-09 23:57 | 映画 | Comments(0) | ▲ TOP
『ソーシャル・ネットワーク』は新しい『市民ケーン』
(記&画/minaco.)

d0031385_20483423.gif


デヴィッド・フィンチャー監督の映画は、ワタシにとって当たり外れがハッキリしてる。今までのところ『セヴン』と『ゾディアック』は非常に面白かったけど、1作毎に相性が分かれるみたい。

で、新作『ソーシャル・ネットワーク』(2010)はというと、これは大当たり。facebook創業を巡る実話を基にフィクションとして映画化された物語は、ある種神話的でもある。ご本人達には異論も多々あろうが、ワタシはfacebookもシリコンバレー事情にも疎いし、事実か否かよりも映画として凄く面白い。現在大富豪となったマーク・ザッカーバーグ氏の若き日の「真実」は、21世紀の新しい『市民ケーン』を思わせた。


イントロからまず、主人公でハーバード大生マーク(ジェシー・アイゼンバーグ)の第一印象が最低なんである。ワタシなら「そのビールぶっ掛けて股間を蹴り上げちまえ!」とキレる所だが、賢いガールフレンドはそんな下品な対応はしない。それに、その時注目すべきは最低のヲタ野郎ぶりじゃなくて、主人公達と後ろにいる群像との極端にファーカスされた映像なんだった。まるで3Dかと見紛うほど明確に区別された焦点と奥行き感。これが後に続く物語の視点と重なってゆく。

鼻持ちならないマークに対し、観客は殆ど感情移入できないだろうと思う。むしろ、彼の友人エドゥアルド(アンドリュー・ガーフィールド)やカリスマ企業家ショーン(ジャスティン・ティンバーレイク)や、敵対するエリートの双子と上級生(マックス・ミンゲラ)らの方がよほど人間臭く、同情や共感を呼ぶはず。しかも、嫌な奴にも実は秘めた事情が…なんてよくある言い訳は一切なく、生い立ちや弱点など説明されないので、やっぱりマークは友達にしたくない奴としか見えない。でも、彼はブレない。そこが凄い。

第1幕が「マーク、The facebookを立ち上げる」だとすると、第2幕は「The facebookの仲間達」であった。ここで映画のフォーカスはマークから外れ、友人エドゥアルドに焦点を合わせる。マークがブレない分、周りの人々は大いにブレて感情的。

そして第3幕は「facebook帝国の逆襲」。事業の成功により大金を手にしても、マークが外車乗り回して豪邸買って美女とウハウハ♪な事はない。一昔前の解り易い成金ならば成功→破滅、天国→地獄の図式が観客にカタルシスを与えるのに、そもそも彼は俗世間に興味ないままブレない。

膨大な台詞を用いても、結局マーク主観の真実が語られる事はないんだった。実は、物語のフォーカスが移動する事によって、焦点の外側にいる時にこそマークの人物像が浮き彫りとなり、マークにフォーカスされた時にはその周囲の喧騒が明らかになる。それこそが主人公不在で語られる伝記映画『市民ケーン』じゃないかと思う。イントロの噛み合わない会話はケーンと妻のそれに通じるし、そもそも人間関係からしてケーン的な様式美。結局ヤツは何者だったんだ?その答えと言うべき「ローズバッド」も、ラストにちゃんとある。

以前、マーティン・スコセッシ監督のハワード・ヒューズ伝記映画『アビエイター』が同じく『市民ケーン』を真似たけれど、まんま過ぎてあざといだけだった。でも今回は、当時のディープフォーカスとゆう撮影技法が継承されつつ、更に全く観た事ない新しい手法へ進化してるのに驚く。凝ったフォーカス、音楽のタイミング、ミニチュアみたいなボートのシーン、若手俳優たちの演技は今でしか語れない物語だと感じる。

特にジェシー・アイゼンバーグは視線だけで内面を語り、ディカプリオの眉間の皺よりずっと雄弁だったしね。まあ、イチ押しのマックス・ミンゲラくんが損な役回りなのは残念だけど(しかもどんどんパパに似てきた…)、その分アンドリュー・ガーフィールドが目立ってたし。

ともあれ、ワタシは誰かが殊更悪く描かれてた風には受け取らなかった。むしろ特異なアメリカ名門大学ソサエティ、その中で不器用に立ち回る若者達には、例え事実じゃなくともそう思わせるリアリティがあった。演じた役者のお陰かもしれないが、何より映画の新しい語り口に拍手したい。てな訳で、どうやらフィンチャーはファナティックな題材に限る!

但し、『市民ケーン』がそうだったように、多分オスカー作品賞は獲れないんじゃないかなと予想。

「ソーシャル・ネットワーク」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
[PR]
by tototitta | 2011-01-29 20:48 | 映画 | Comments(4) | ▲ TOP
端正な『シングルマン』
(記/minaco.)


2011年の初劇場映画は、やっとこちらでも公開された『シングルマン』(2009)にしました。ポスターにある黒のスーツ&タイ、黒のウェリントン眼鏡を掛けた物憂げなコリン・ファースの姿が印象深かった。

監督は超有名なファッション・デザイナーらしい。恥ずかしながら日頃ブランドに縁遠くてピンと来ないのだけど、観てみれば確かに「スタイル」への強烈な拘りが感じられる。まるで1960年代ファッション&ライフスタイル雑誌を見るよう。凄く端正な映画だった。

キューバ危機の頃だから、時は'60年代初頭。若者が新しい価値観を謳歌する当時とはいえ、コリン・ファース扮する大学教授はゲイとして非常に生き苦しい時代であった。彼はパートナーを事故で亡くしたばかりで、絶望と孤独の淵に居る。『アナザーカントリー』以来ゲイ歴の長いコリンが久しぶりに本気を出せば、さすが年季の入った貫禄の演技。彼の元には若くてエロい男達が吸い寄せられるように集まってくる。しかも教え子の子は『アバウト・ア・ボーイ』の息子、ニコラス・ホルト君じゃないか!まさかこんなに育っていたなんて…。

そんなモテモテなコリン氏だけど、何せ全く隙がない。隙が無さ過ぎて時に滑稽なほど。ウッディでモダンな家と車を持ち、上質のスーツと靴を着こなし、知的に洗練された英国紳士の物腰。そのしつらいは、当時の広告からそのまま抜け出てきたかの如く。いや、未だ品だけは劣化せぬコリン氏の為に監督自らあつらえて、カメラに向かってポージングさせるかのよう。映像にも隙がない。その完璧な企みはビスコンティやアルモドバルを思い出すし、何よりコリン氏のウェリントン眼鏡が『81/2』のマルチェロ・マストロヤンニを彷彿させる。意図的かな。

しかし、ワタシにとって最もツボなのは'60年代の完璧な再現なのだった。この時代のスタイルには本当に目がなくて!脇役から風景、インテリアや調度品、音楽に世相、画面に登場するあらゆるモノ達にウットリする。しかも、フィルムの色合いがシーンによって微妙に変化するから驚いた。これまでも60'Sを上手に再現した映画には惹かれたけど、まさか当時のフィルムの色合いまでコントロールされてるのは初めてかも。

まあ出てくる男はみんなゲイ、とゆう事で敬遠する人もいるかもしれないけど、その辺は時代のせいもあり結構慎ましやかで、それが逆にエロく見えたりもするんだけど。コリン氏の抑圧と若い子の奔放さの対比がまた何とも言えず。そんな不純な目線も含みつつ、堪能できる映画なのだった。

ところで、コリン氏の親友として登場するのが、これまた何故かゲイに縁深いジュリアン・ムーアだった。きれいどころと言うにはトウが立ってるし、演技派と言うにはしょっぱい大作によく出て塩漬けにしてるし(『ハンニバル』のガッカリ感よ!)、全身そばかすだらけだし(『ブギーナイツ』で初めて観た時ビックリした)、華がなくて貧乏臭いし、売れっ子だけど一体この人の存在意義って何なのか解りにくい女優である(大げさ)。

でも、今回でやっと解った。ゲイだらけに紅一点のムーアさんは、何と収まりの良い事よ。男の美しい佇まいを鑑賞するべき映画の中で、俗っぽい汚れを一手に引き受けるムーアさん。傍らに置いても何ら支障なく、ゲイにとって唯一心を許せる女性のポジション、それがムーアさんなら抜群の説得力。つまり苦労性で母キャラ、言うなれば田舎のスナック(≠バー)のホステス的存在なのだった。

「シングルマン」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
[PR]
by tototitta | 2011-01-14 00:44 | 映画 | Comments(2) | ▲ TOP
2010年 My Favorite 映画
(記/minaco.)

ええと、今年新たに観た映画を数えてみたら、新作旧作取り混ぜてざっと140本程だった。そのうち劇場では20本くらいかな。いかんせん、こちらでは大都市より公開時期が遅かったり観たくても上映されなかったりするので、一般的な「今年のベスト10」と同じ土俵に上がるのは気が引ける。てな訳で、単にワタシが劇場で観る事が出来た新作映画の中からお気に入りの10本を選んで、振り返っておきます。

一応ベスト3だけは断トツで好きな3本とゆう事で、残りはほぼ順不同。こうしてみるとガチ映画豊作の昨年とは違って、シンプルに愉しく笑えて熱い映画が多い年だったなあ。初めて観る新人監督も多かった。あとチームものに惹かれたかもしんない。

勿論この10本以外にも印象的な映画はあって、例えば大ヒットした『オーケストラ!』の怒涛のラストや、アルヘン映画『瞳の奥の秘密』のスタジアムでの撮影にも驚いた。でもどちらかと言えば、前評判が高くて期待したものより、思いがけずグッと掴まれたもの。『月に囚われた男』や『第9地区』は評判良いけど、ワタシはピンと来なかった。その代わり、殆どヒットしてないしベスト10に入れる人は他に居ないだろ、とゆう作品でも個人的には外せないんであった。
    【1】パイレーツ・ロック


    【2】17歳の肖像
    【3】ゾンビランド
    【4】(500)日のサマー
    【5】ぼくのエリ 200歳の少女
    【6】かいじゅうたちのいるところ
    【7】ルドandクルシ
    【8】アイガー北壁
    【9】インセプション
    【10】運命のボタン

ついでに、ワタシにとっての各賞も。
    【主演男優賞】フィリップ・シーモア・ホフマン&ジョセフ・ゴードン=レヴィット
    【主演女優賞】キャリー・マリガン
    【助演男優賞】ウディ・ハレルソン
    【助演女優賞】メラニー・ロラン
    【監督賞】ルーベン・フライシャー
    【脚本賞】ニック・ホーンビィ
    【音楽賞】The Smiths
    【最優秀壁紙賞】『運命のボタン』
    【最優秀雪山賞】アイガー北壁
    【最優秀衣装デザイン賞】『17歳の肖像』女子高の制服
    【最優秀子役賞】マックス・レコーズ
    【最も悲惨なキャラ賞】ジェームズ・マースでん
    【最も怖い兄賞】『マイ・ブラザー』のトビー・マグワイア
    【最も不完全燃焼なキャラ賞】『NINE』のダニエル・デイ=ルイス、『月に囚われた男』のケヴィン・スペイシー
    【最も痛いヒロイン賞】サマー(ゾーイ・デシャネル)

ところで、残念ながら劇場未公開作なんだが、今年は思わぬ傑作に出会った。それがコリン・ファレル主演の『ヒットマンズ・レクイエム』(2008)。

原題は『In Bruges』。ベルギーはブルージュに身を潜めた殺し屋達が遭遇する、奇妙な出来事。これ、すっごく面白かった。ヘマやらかした殺し屋(コリン)とそのお目付け役(ブレンダン・グリーソン)のアイリッシュ2人組は、観光したりデートしたり喧嘩したりで妙に可笑しい。けど、一番興味深いのはブルージュとゆう街の魔力。ここは天国と地獄の狭間にある煉獄、即ち「最高でも最低でもない」スパーズ煉獄なのだった!(いや、今のスパーズは絶好調だけど)

実は、監督マーティン・マクドナーは有名な劇作家。アイリッシュならではの哀しみと可笑しみが絶妙で、しかもブラバントの画家ボッシュの「最後の審判」まで絡めて、細かすぎるほど煉獄とゆう本質を語ってるから只者じゃない。マーティン・マクドナー、この名前はしっかり覚えておこう。

それにしても、ずっと前から気になっていた『リトル・ランボーズ』は幸い来年上映予定だけど、2010年の最重要作『マチェーテ』『エリックを探して』がこちらでまだ未定なのはどうゆう事か!!と、非常に不安。とはいえ、「ガチ豊作不作は隔年の法則」からすれば、来年はきっとガチ豊作の年となる事でしょう。
[PR]
by tototitta | 2010-12-30 21:31 | 映画 | Comments(2) | ▲ TOP
SFメロドラマ『きみがぼくを見つけた日』
(記/minaco.)


先日、観て泣いちゃった映画があります。『きみがぼくを見つけた日』(2009)。ベストセラー小説「The Time Traveler's Wife」(オードリー・ニッフェネガー著)が原作の、タイムトラベルもの。かなり少女漫画風な邦題に赤面するけど、多分主演レイチェル・マクアダムスの『きみに読む物語』と関連付けたのかもしれない。もしや今後「きみシリーズ」とか呼ばれたりして…。

恥ずかしいほどロマンティックな物語に、SF好きは小説『夏への扉』を思い出すらしい。タイムトラベラーを旦那にした奥さん(レイチェル・マクアダムス)と、タイムトラベラーなのに彼女と結婚しちゃった旦那(エリック・バナ)の愛の行方。かの有名なメロドラマ『君の名は』以上に、時空ごとすれ違う2人。旦那は自らの人生の時間軸をあちこちランダムに飛んでしまい、奥さんは彼の時間を共有しない限り一緒には居られない。つまり、非常にややこしい付き合い方ですわな。結婚には無理があるわな。

何でそんな無茶な結婚しちゃったのかとゆうと、奥さんが6歳の頃に28歳の旦那と出会ってて、まあ彼にとっては既に将来の嫁な訳で、そうゆう事になってるし…としか。ああややこしい。しかも、タイムトラベル時に彼は全裸とゆうSFの決まり事がありまして、所構わず全裸のバナが出没する訳で。幼女時代の奥さんには全裸オヤジが運命の人な訳で。それもどうかと思うけど、ああSFは厄介だな。

てな訳で、いちいち時間や状況を把握するのもややこしい映画なんだけど、割と淡々と地味に展開していきます。小説ではもっと細かいエピソードや描写があるはず。そして、無事結婚した後から急展開。何せ旦那がちょくちょく過去や未来に出張しちゃうのは、やっぱり都合が悪い。知りたくない先の悲劇まで旦那は知ってしまうのだった。

タイムトラベルに有りがちな行動(過去に戻ってやり直すとか、未来を変えるとか)はこの映画では一切出来ない設定なんで、その悲劇を回避するのも無理。それはそれでやり切れない。但し、旦那がタイムトラベラーだと普通の人には持ち得ない希望が一つだけある。

実はここまでの話に感情移入出来るか否か、人によると思う。ワタシは(ラグビー南ア代表マットフィールドさん似の)バナが地味なタイムトラベラーに似合うと思うし、清潔感あるマクアダムスも良い。何より自分は「ダメ人間がささやかな希望を持つ話」に弱いんだが、もう一つ、「現実に少しだけファンタジーの余地がある話」にも非常に弱いんだった。

そこで、この“タイムトラベラーの奥さん”に泣かされたのは、悲劇の後に持ち続けた希望が叶うラスト。現実は必然だけど奇跡がある。SFだし。しかも野原にアレが用意されてたものだから、グッときてしまった。“それを作れば彼らはやって来る”と告げられて、トウモロコシ畑の向こうから現れる往年のレジェンド達-----みたいな、まるで『フィールド・オブ・ドリームス』じゃないか。

せめてもう一度とゆう希望があるなら、ワタシも赤い10番のユニをピッチに置いて待つか…なんて。どうやら、そんな痛すぎる事を連想しちゃったかもしれないな。ああ。

「きみがぼくを見つけた日」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
[PR]
by tototitta | 2010-12-14 00:37 | 映画 | Comments(2) | ▲ TOP
フレデリック・ワイズマン『パリ・オペラ座のすべて』
(記/minaco.)


パリにもオペラにもバレエにも疎いのに『パリ・オペラ座のすべて』(2009)に惹かれたのは、監督がフレデリック・ワイズマンだから。

ナレーションも無くテロップも無く、インタビュウや人の名前も、説明的なモノは一切無く、音楽も実際その場で流れる音のみ。個人のドラマや背景も語られず、その演目すら解らず、時系列とも限らない。在るのはパリ・オペラ座の日常そのもの、バレエとバレエダンサーの本質。そんなドキュメンタリー映画です。ガチです。

以前観たワイズマンの『動物園』(1993)もそうだった(感想)。何も説明されなくても、「動物園とは何か?」「バレエとは、オペラ座とは何か?」の答えとしてこれほど明確な映像はない。稽古風景ばかりでなく、ミーティングからオペラ座の建物そのもの、屋上で飼育される蜜蜂、清掃員や補修作業まで。いくら密着撮影とはいえ、多分バレエ好きにすれば余りに非芸術的なバレエ映画と感じるかもしれない。

カメラはまるでオペラ座のどこか片隅からひっそり覗くような視点で、バレエに携わる人の営みを観察し、記録する。時には舞台上でダンサーのすぐ傍らに居るかに思えるが、決して観客の目線にはならない。ダンサーや演出家の素顔など求めず、ただ誰もがプロフェッショナルに仕事をこなすのを見つめるだけ。

バレエに詳しくない自分なんかはそれを観て、面白い動きだなあとか、人の身体は色んな事が出来るもんだとか、演出や振り付けってこうするのかなどと想像を巡らす。やがてふと気付いたのは、このバレエダンサー達(個々の役柄すらワタシは知らない)は即ち、「銭の取れる肉体の持ち主」なんだという事実。いや下品な表現で失礼だけど、鍛錬され形作られ自由に動かせる身体にはお金を払う価値がある。驚くべき能力を発揮する生身の身体に。

ミもフタもない事実だけど、一つの本質だと思う。ある意味ワタシのような素人にワイズマンは解りやすい映画である。美は細部に宿る---と言われるように、真は細部にある。敢えて芸術性を外した日常の中に固有な本質があり、細部から全体を見る。いくら観ても見飽きない。何故なら、その日常は映画の前も後も続いている。


オペラ座バレエの総監督と思われる人物や裏方スタッフの仕事ぶりは、フットボールクラブにも通じるものがあると感じた。タニマチを接待し、プランを立て、若手を育成し、問題と闘い、伝統と格式を貫く。ファーギー著『監督の日記』みたいだ。あれもまた、いつ誰と会って何をしたか、その事実のみ淡々と積み重なってゆき、監督としての日常の細部からユナイテッドそのものを思わせる。

なので、ワイズマンには『オールドトラッフォードのすべて』を撮って欲しいなあ。ファーギーやコーチや施設内スタッフの仕事、トップチームからアカデミーまでキャリントンでの練習風景などを、ただ黙々と観察してみたい。

「パリ・オペラ座のすべて」の映画詳細、映画館情報はこちら >
[PR]
by tototitta | 2010-12-03 01:16 | 映画 | Comments(2) | ▲ TOP
『ヤギと男と男と壁と』〜もしくは「ヤギと超能力部隊」
(記&画/minaco.)

d0031385_21315054.gif


かつて米軍で本当にあった(とされる)超能力部隊の実話(に近い話)を基にした映画、『ヤギと男と男と壁と』('09)を観てきました。シネコン窓口で思わず「ヤギと羊と……」と口走ってしまったけれど、それでも通じた。まあ一応は羊も出てきたんだけど。

原題は『THE MEN WHO STARE AT GOATS』ですが、この邦題を千原ジュニア氏が付けましたと何故か自慢げに押し出す予告編は、一体誰得なんでしょう。本編観た後で改めて邦題を考えるとすれば、ワタシなら『山羊たちの沈黙』or『ヤギを見つめる野郎ども』かな。それじゃ流行らないか。せめて『ヤギと超能力部隊』で良いと思うお。

それはさて置き、単純に言えば、ある種の理想を掲げたジェダイ=超能力部隊が崩壊し、後にダークサイドが蔓延る世界=イラクで、再びフォースの真の力を取り戻そうと老け込んだジェダイマスター=自称超能力者が闘うお話です。まんまスターウォーズじゃん。ユアン、出オチじゃん。ライトセーバーの代わりに使うのがキラキラ眼力。

とはいえ、超能力そのものは期待したほど活躍しません。透視したりヤギを殺したり、壁をすり抜けたりとか地味な能力だし。同行取材する新聞記者(ユアン・マクレガー)目線なので、最初から眉唾ものとして扱われる。もっと無さそうで有りそうな加減なら荒唐無稽で愉しいけど、「ねーよ」としか思えないのが残念。どうせなら超能力を発揮する場面にワクワクしたかったな。

世間に居場所の無いアウトサイダーにとって、この超能力部隊が存在意義を与えてくれた、とゆう切り口は面白い。同じく居場所を失くした記者が吸い寄せられるのも必然的。但し、いかんせん全部がネタ止まりであった。肝心なのは「超能力はガチかヤオか?」ではなくその本質、「ヤオの中にもガチはあるか?」だと思うんだが。

つまり邦題と同様、ネタに走り過ぎてピンボケしてるような気がするんだった。これだけツッコミ所があると、どこからツッコむべきか悩む。『スターウォーズ』ネタに加え、『羊たちの沈黙』ネタまで持って来るもんだから掴み所がない。滑稽なジョジクル、ヒッピーでフリーダムなジェフ・ブリッジス、さすが暗黒面全開!のケヴィン・スペイシーといった豪華キャストも、結局誰の得なのか。多分、キャリアの損にも得にもならない役だろうし。


実は、濃い面々の中で一番美味しいのは狂言回しを務めるユアン・マクレガーだった。ユアンはどんなジャンルのどんな役でも「普通」にこなすが故に、妙な安定感がある。守備範囲が広く、どんな状況に置いてもちゃんとリアクションしてくれる。かといって名演と呼ばれる程でもなく、ずっと安値で安定してる感じ。

やはりスコットランド人は貧乏性だから、来た役を断らないだけかもしれない。けれど、ワタシは何故かユアンが出てるとその映画を観たくなるから不思議なもの。これが例えばブラピやジョニデだったら、名前だけで観る気半減するのに。

考えてみるとそれは多分、ユアンがノンポリ無色な役者だからだと思う。ブラピやジョニデ出演映画はどうしても「ブラピ映画」「ジョニデ映画」になっちゃうものだけど、ユアンは決して「ユアン映画」にはならない。物語に自然に入り込ませてくれるし、映像の邪魔にもならない。これは奇特な個性ではなかろうか。

つまんない映画を面白くしてくれるとまでは言わない。『アイランド』はしょうもない塩映画だった。でも、いくつかの失敗作で彼の価値が下がる訳でもない。普通の人を普通に演れる役者は貴重だし、安心して感情移入出来るのがユアンのユアンたる所。たまたま今回はトンデモな人達や状況の中に置かれ、そんな存在意義に気付く結果となったんであった。ユアン、ある意味磐石。

「ヤギと男と男と壁と」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
[PR]
by tototitta | 2010-11-19 21:18 | 映画 | Comments(0) | ▲ TOP
LINKS
・ Mercedes's Diary
・ おかず横町
・ デジカメのいろいろ
・ 今さらながらの○○修行
・ 春巻雑記帳
・ 塔とゆりかご

映画
・ NAWOWOW
  NAWOKO KAWAMURA'S PORTFOLIO

 Football
 ・ CALCIO馬鹿のたわ言。
 ・ 【別館】Black Swan of Ukraine
 ・ ファーポコ
 ・ A.C.MILANを斜め読み

 鹿島アントラーズ
 ・ オフィシャルサイト
 ・ Red-Deer's Diary
 ・ My Soccer Diary
 ・ やわらかな風に包まれて
 ・ はいっ、おばさんは遠隔地鹿島サポです!

 レノヴェンスオガサFC
 ・ オフィシャルサイト


OTHER ROOMS
WEBSITE SPIN-OFF

・ ABOUT US
・ CONTACT