(記/なるほ堂、協力/minaco)
ガチとは決して後悔しないこと
──『あるガチの詩』より「お前の母ちゃん、テロリスト♪」
街頭テレビに映るマテラッティの顔。物知り顔で語るワイドショーのコメンテーターたち。
男は、俯きガチにそこを通り過ぎた。
(愚かな。今更、何を申したかなど・・・)
W杯の残り香的な喧噪を逃れ、男は繁華街の裏にある一件の
ガチ・バー(カフェ・バーのようなもの)『4real』に向かった。
1. ──第一回W杯が開催された1930年の開店当時と変わらぬ、しかし今日は「本日貸し切り」の札が下がった戸口をガチガチと逆水平チョップで叩くと、野太い男の声が奥から響いた。
「ノアだけは・・・」
「ガチ」
「入られよ」
それが今夜の合い言葉だった。
「ガチズム」を標榜し、ガチ振興を謀る「ガチスト」たちの秘密結社
『全ガチ連』。
彼らの、四年に一度の会合「W杯ガチ大賞選考会」の日である。
薄暗い店内は、一見普通のバーと変わりはない。
「1969年以来、良い酒は置いていない」が口癖のバーテンが、ガチガチとシェーカーを振る。
敢えて違う点を上げれば、壁に飾られた色紙が青木功、小橋建太、ロイ・キーンら偏った人選である事か。
十畳ほどの店内、しかし客は一人しかいなかった。
先ほどの野太い声の主がカウンターに座っている。オランダ代表の背番号9のユニをまとった、全ガチ連の「師匠」「ガチマスター」「カイザー・ガチ」と呼ばれる男。
「師匠、他の皆様方は未だ参られませぬか?」
男の、ためらいガチにかけた言葉に、師匠は伏し目ガチで答えた。
「無惨なものよ」
師匠はカウンターに、このW杯中に出された各スポーツ雑誌を広げた。
「見られよ、この有様を。塩試合、塩ナウド、塩引退、塩判定、塩会長・・・何処もかしこも塩っぱい連中。
かつて、これほどまでに塩にまみれたW杯があっただろうか。いや無い。」
「もしや、他の皆様は・・・?」
「「塩溜まり会』に転向しおった」
(やはり・・・)
男はここへ赴く前、表通りの
ソルト・バー(ショット・バーのようなもの)『ニヤニヤ』の前を通り過ぎた。
サッカー選手の塩っぱさをニヤニヤと愉しむニヤリスト、ソルトマニアとも呼ばれる彼らの巣窟は、店外からもその繁盛ぶりが伺えた。
「師匠、もはや我慢なりませぬ」
ガチの酒「ジョニ黒」が入ったグラスを男はカウンターに叩き付けた。
「このW杯、カーンは控え、ルートも干され・・・ガチの不遇に幾度涙した事でしょう。
一方、ジダンの頭突きで巷はニヤニヤ。アズーリの優勝は宜しくとも彼らは明日をも判らぬ身ゆえ、それもまたニヤリストの格好の標的。
・・・ガチズムは、二ヤリズムに屈したのでしょうか?」
その言葉は師匠を見ていない。虚空に、いや世に叫んでいた。
「思えばアイルランド、トルコ、デンマークなど前大会でガチを顕した国々が予選で敗れ、伝統あるガチの国もコマーシャリズムに侵されて『元・名選手』という肩書きの塩監督を立て、遂には『世代交替』などと美辞を用いて塩化し申した。広く今の世を見ても、小橋も清志郎も王貞治も病に伏せております。ジョニー黒木は未だ二軍です。私は・・・」
(・・・世の「塩」どもを許せませぬ)
そう言いかけた男を、師匠の言葉が制した。
「少年老い易く、ガチ成り難し」師匠は浪々と話を始めた。
「ご覧あれ、このテキーラを。ガチの国メヒコの酒である。
かの国の方々は、これを飲するにライムと、そして『塩』ひとつまみを唇にするという。
つまり・・・『塩』もまた一興、それを忘れては成らぬ」
「しかし」
「そう、ワシも思いは一緒じゃ。『塩』は飽くまでスパイス。メインは酒にござる」
「酒、、、つまりスピリッツですな!」意を汲んだ答えに、師匠も笑みを返した。
「今は『塩』を語るべき時にあらず。世にもはやガチ語る輩は我々のみならば、ならばこそ我らがガチを語ろうではないか。」
という訳で、たった二人による「W杯ガチ大賞、選考会」が始まった。
いつの間にか店内には
U2の『ONE』が流れていた。ニステルの心の歌。小橋建太を欠くNoah巡業の客出しの歌。それはガチの歌。
バーテンは気の利く男だ。
2. ──先ずはMGP(Most GATI Player)受賞者のノミネートから。
「アズーリのガットゥーゾ殿。ご異存は?」「あり申せぬ」
何よりも決勝戦前の彼の言葉が、曇りガチだった男たちのガチ心をくすぐった。
”フランスは五ツ星ホテルだ。僕たちは一ツ星ホテルかもしれない。だけど、僕たちは海を持っている。自分たちだけの海を”それはかのポエマー、カントナの『トロール漁船とカモメ』を超えた。
「ガッツは・・・」
師匠は語り始めた。
「自分がファウルされても怒らない。黙々と起き上がるだけ。だが味方の誰かが受けたファウルには、どこに居ても真っ先に飛びかかっていく。
カードが出たら喰っちまえばいい。嬉しければパンツを脱げばいい。
・・・自分の領分をわきまえるプロフェッショナルで忠実な番犬。他人に賞賛されようとは思わぬ男。
それをガチと呼ばずして何と呼ぼうぞ」
男は大きく頷いた。
「日本の中田英寿殿は、師匠如何でしょうか?」「ガチにあらず。」
「・・・それは如何にして?」
「ご覧あれ」と言って、師匠はスポーツ新聞を広げた。ブラジル戦後の中田の姿だ。
「仰向けである。」
師匠の言わんとするのはこういう事だった。
──生前、土佐の坂本君は申しておった。
「死ぬときは、たとえドブの中でも前のめりに死にたい」と。
前のめりに倒れてこそガチ、仰向けなどはガチの、しかも『サムライブルー』など申しておった者の死に様に有らず。
男は、改めてガチズム、ガチ道の険しさを知った。
「散り様ならば、やはりカーン殿でござろう」開幕後、心を入れ直して「自分の出番がなくてもチームが勝てばいい」発言のカーン。
その言葉通りレーマンにも男の度量を見せて世界の男気マニアを泣かせつつ、そのご褒美に3位決定戦でしっかり美味しい所をいただくしたたかさ。
ドイツに鳴り響く「男の世界'06」リミックス・バージョン男節。
魔球FK(ロン)をロケットパンチで撃墜したのはカーンが初めてだ。
「男の花道、ここにあり。」
師匠のその言葉に男も大きく頷いた。
「アルヘンのガビー(エインセ)殿も忘れ難きガチかと」「うむ。ガチである」
普段のプレイはどちらかと言えば「アバンギャルド」だが、ドイツとのPK戦でのガビーはガチ。
ユニフォームの裾をきっちりパンツにしまい込む着こなし同様、その怒りっぷりにも生真面目さが滲み出る。
水色ストライプを背負った者の責任の重みがガビーを突き動かす。大きな敵に捨て身で挑むアルヘンのドン・キホーテ。
「フットボール選手以外なら多分、警察官など向いてるのでは?」
「その前に、ユナイテッドでの奉公をしっかりやって貰わぬと困りますが」
二人はガチガチと笑った。
「そうそう、先日メヒコが誇るルチャドール、リッキー・マルビンに『ビバ!メヒコ!』と声を掛け、固く握手を交わしたminaco殿が申されてましたが・・・」
「ほう」
「メヒコの皇帝マルケス殿もまたガチ。撃たれてもいい、と」「うむ、あのアルヘン戦のゴールは正にガチ正義の一撃であったな」
仲間のマリアッチを従えて、ルガーKP90を発射するかのように鋭いパスを敵陣に撃ち込むマルケス。
時に自ら傷を負い、哀しい眼差しで遠くを見つめるのもまたセクスィー。
クラブではエースのロナウジーニョ・ガウ塩に隠れがちだが、真にガチな男は誰かをこの大会でガチ証明した。
「中南米ならば、エクアドルのカヴィエデス殿を忘れては居るまいな」「無論ですとも、師匠」
4年ぶりに観たカヴィは大きな男になっていた。ゴールを決めて亡きチームメイトのスパイダー・マスクを被って見せたカヴィ。
その侠気はガチ。スタメンじゃなくてもこの男がチームで示す存在感の大きさを観た。
セリエAに居たのも今は昔。それでもいいじゃないか。母国には代表の仲間と誇りがある。それもカッコイイと思うぞ、ひで。
「師匠、アフリカ勢は如何でしたでしょう?」
「総じて、以前の様なフランスかぶれ、ドイツかぶれの塩気が失せた感はある。個々の国が特徴を見せた事は四年後に期待出来るだろう。」
「して、ガチ選手は?」
「チュニジアのアヤリ殿にガチを見た」「頭に『A』と書いていた選手ですな。しかし、なんとマニアックな・・・」
だが、確かにアヤリのガチっぷりは光っていた。
スペイン戦では先制し、アヤリ…もといアワヤという期待を抱いたものの、彼がベンチに下げられては無惨に敗れるしかなかった。
チャンスの場面にもピンチの場面にも必ず顔を出していたアヤリ。納得のいかない交替に、ベンチでブチキレる気持ちもよく解る。
彼ならきっと足がつっても最後まで闘い抜けたかもしれない。
結果は今イチだった国にあって、しかし見落とせないカルタゴのガチであった。
「見落とせぬと申せば、スウェーデンのラーション殿もまた、ガチ」「お言葉ですが師匠、ラーションはPKを外すなど、むしろ塩っぱかったのでは?」
「いや、このシーンを見よ」
バーのテレビをガチガチと捻ると、そこにスウェーデン対ドイツ戦が映った。
その一場面、敵DFメッツェルダーの脱げた靴を、邪魔だとばかりに蹴り出すラーション。
「これは・・・」
「これぞガチストライカーの証。ラーションは人間としても偉大な選手だが、しかし勝負に賭ける執念は最後までガチであった」
師匠の、ほんの一瞬のガチ場面をも見逃すガチ眼に、男はガチ尊敬をガチ新たにした。
「師匠、ジダン殿は如何に思われます?
あの怒りの頭突きもまた、執念めいたガチ意欲の表れかと」
「否、ガチに有らず。後のテレビ局での会見、それを塩とは申さぬが、やはりガチの所作とは思えぬ。
ガチならば、せめてあそこで『漁船をカモメが〜』と詩を読まねば」
「カントナですか」
「むしろマテラッティの『俺は物を知らないから、テロリストって良く判らね』の方がガチ」「正に『ガチバカの壁』ですな」
「加えて、横綱のコメント『いいカマシだった』もまたガチ」男は頷いた。さすが横綱、そこら辺のスポーツマンシップかぶれとは違う。
「選手以外でも、取り上げるべきガチは?」
「クリンスマン監督はガチ」「師匠、カーンを控えに追いやった張本人ですぞ」
「正確には、クリンスマン監督とレーブコーチはガチ。ご覧あれ」
広げた新聞には、クリンスマン監督の退任の弁が記されていた。
いわく、
『レーブコーチは、コーチではなかった。パートナーだった。』
「これはつまり・・・」
「カミングアウト・・・これもまたガチ!」
ガチの意味が違うような気もしたが、良しとした。
3. ──いつしか夜も更けていた。
バーテンの「そろそろラストオーダーを」の声に促されるかのように、
「師匠、それではそろそろMGP(Most GATI Player)を・・・」
「うむ。」
男はコースターの裏にメモられたリストを読み上げた。
ガットゥーゾの「青い海」と「白いブリーフ」はガチ!
カーンの「男の世界」はガチ!
エインセの「怒りっぷり」はガチ!
マルケスの「セクシーな瞳」はガチ!
カヴィエデスの「仲間を悼む侠気」はガチ!
アヤリの「闘争心」はガチ!
ラーションの「ストライカー魂」はガチ!
クリンスマン監督のレーブコーチの「関係」はウホッ!ガチ!「わしとしてはやはり、
この塩まみれな大会を制し、そしてW杯に於けるガチズムを救ったガットゥーゾに与えたい。如何か?」
「異論はございません」
二人はグラスをガチガチと合わせ、イタリアの猛犬のMGP受賞に捧げた。
「ところで師匠・・・」
「何か」
「かの小笠原満男は、この大会ガチであったでしょうか」「あの頑固さ・・・ガチと申さば、ガチ。しかし、そのガチは未だ満ちておらぬ」
その言葉に、男は満男の故郷にそびえる岩手山を思い起こした。
南部片富士と呼ばれるその山は、片側は富士山のように美しく、しかしもう片側は溶岩流の名残で崩れている。
男は、その姿を美しいと思った。富士の様な完璧さは彼には美しいとは映らぬ。
小笠原満男の美しさも然り。
満男はデビュウ以来、
「人に媚びずに、スポーツ選手はどこまで認められるか」
という壮大な実験を行っている。
かつて、同じ東北のスポーツマン落合博満が、信子夫人とともに歩んだ道だ。
オールスターで史上最高得票を得ても、彼自身に過度な喜びは見られない。
「海外組がいないわけだしね」・・・そう言いそうだ。
彼の道が何処へ通じているか未だ判らないが、このいばら道の果てで『勝利』した時・・・
満員のジーコスタジアム、サポに向かってJ制覇の杯を掲げ、
「俺のやり方は間違ってなかっただろ」
とほくそ笑んだ時、
・・・その時こそ彼をガチと呼ぼう。
4. ──その時だった。
「困ります。まだお客様が居ります・・・」
戸口からバーテンの声が響いた。
「師匠、何事でしょう?」
「・・・債権者」
師匠は事情を知っていた。
このガチ・バーも、近年サッカー界の「塩化」と「ガチ不作」ゆえに借金を重ね、その権利は人手に渡っていた。
債権者は広告代理店と手を組み、ここを今流行りの
『塩っぱい料理』や
『甘いスイーツ』の店に変えるのだという。
「ガチは時代遅れ、ということですか!」
「その通りさ」
意味不明なステップを踏みながら債権者が現れた。クリスチャーノ・ロナウド似の、見るからに珍走団あがりのチンピラだ。
「もうガチなんて流行らないんだよ。時代は塩さ」塩コンブをくわえながらチンピラがそう言うと、客に構わず内装業者が押し寄せ、作業を始めた。
店内を全て塩化ビニールで覆う気だ。
「お客さん、オランダファンかい?」
チンピラは師匠の服装を見て言った。
「そりゃいい。W杯じゃオランダは塩っぱかったね。新しい店の料理、きっと気に入りますよ。
馬肉の刺身なんかも・・・」
・・・何かが切れる音がした。
次に聞こえた音は「ガチ!」という音。チンピラの顔面に師匠のカンフーキックが炸裂する音だった。
それからの数分間を男は良く覚えていない。
逃げ惑うチンピラ。追う師匠。
押し寄せた機動隊によって捕らえられ、護送車に乗せられていく師匠の姿。
そして師匠の叫び。
「オランダは・・・いや、ニステルローイは『塩っぱいオレンジ』じゃねえ!」護送車を見送る酒場裏通りの人々。
「不仕合わせ」という名の猫を連れた村主章江似の女流しが、中島みゆきの
『世情』を唄う。
「世の中はいつも変わっているから、ガチ者だけが悲しい思いをする・・・
シュプレヒコールの波、通り過ぎていく。変わらないガチをピッチに求めて。
試合の流れを止めて、パスしない『塩』を見たがる者たちと闘う為(以下、合唱)」護送車を追いかけようとした男をバーテンが制した。
「あんたは行っちゃいけない。」
「・・・」
「あんたまで居なくなったら、誰がガチ男たちの生き様を言葉として残す? ニヤリズムの世情の中で、誰がガチズムを次代に語り継ぐ?」
確かに。この大会、リベリ(フランス)というガチの原石を見た。
また、まだ不確定だがクローゼに感じた「隠れガチ」の匂いを確かめなくてはいけない。
何より、ニステルの物語も見届けなくては。
「あんたは?」
手荷物をまとめたバーテンに問うた。
「日本中の神社を小橋建太の全快祈願をしながら歩くよ。」
彼もまたガチストだ。
エピローグ. ──終電にガチガチと揺られながら、男が辿り着いたのは海の側の駅だった。
『僕たちは海を持っている。自分たちだけの海を』W杯ドイツ大会MGP、ガットゥーゾの言葉を確かめたかった。
海は確かにそこに在った。
2006年、W杯において「ガチスト」たちの秘密結社『全ガチ連』は崩壊した。
だが「ガチズム」に終わりはない。
多くの者たちが塩の流れに身を任せ、塩色に染められようとも。
四年後のW杯での栄光を夢見ガチに思いながら、男は地下に潜り、新たなガチ振興の結社
『ネオ・ガチ』設立を決意をする。
地下へ続くその階段は広く、まるで宝塚の大階段のよう。
気配に男が振り返ると、そこにはオリ・カーン、ロイ・キーン、更に勝新太郎(俳優)、エルビス(歌手)、黒澤明(映画監督)、市川雅俊(自転車)、越和宏(スケルトン)・・・の姿。
幻ではない。ガチの伝説たちはいつもガチストと共にある。
大階段を照らすスポットライト、その下で男は高らかに唄った。
ガチ、それは儚く
ガチ、それは強く
ガチ、それは尊く
ガチ、それは気高く
ガチ、ガチ、ガチ・・・
── 「ベルサイユのガチ」挿入歌『ガチあればこそ』