イラストレーターMinacoとなるほ堂が、サッカーのこととか、映画のこととか、日々日常に関して、その情熱の総てを地球にぶちこんで叩き付け、戦い挑み、愛を説く日々の記録。
XML | ATOM

skin by なるほ堂
ABOUT CONTACT BLOG LINK
<   2006年 12月 ( 15 )   > この月の画像一覧
| ▲ TOP
ガチ、この1年<またはガチストの告解>
(記/minaco.)
d0031385_210187.jpg
d0031385_2102926.jpg


先日懐かしい時代のミュージック・ビデオを観て、自分のガチ好きが中高生の頃からだったんだと気付いた。この世には色んなガチがいるけれど、結局ガチの道は皆同じ。
思えば今年は辛い事の方が多かった。ガチスト歴○○年にも悟りの道はまだ遠い。

今更終わった事だけど、時間が経つにつれて見えてくる事もある。自分を納得させる理由を探していたが、それも見つかりつつある。


これまで観た中で一番の黒ルートは、ユーロ'04でポルトガルに敗れた後、セクシー審判(当時)フリスク氏を罵倒しながら追い掛け回してた姿だった。
あの時、ルートに歩み寄り後ろから抱きつくロンとの2ショットに萌えたものだが、実のところロンは見るに見かねて「どうどう」となだめに来たんであった。
フリスク氏への黒の代償は2試合出場停止で済んだけど、あれに匹敵する黒さが、まさかファーギーにまで向けられたんではどうしようもない。ま、身から出た錆っすね。

VSファン・バステンの場合と違って、VSファーギーでは闘う事すら叶わなかった。そりゃナチュラル・ボーン・ファイターには一番堪えるだろう。
ユナイテッド・ファンはそれがパッションとデザイア(と極度の貧乏性)ゆえと知っている。キーノだってそうしただろうと。でもファーギーは許さない。「クラブは誰のものでもない」と掟を示したんだと思う。
ルートによれば昨季の最終戦、出て行けと言われたら出て行くしかなかった。
自分の要求や信頼に応える相手には最大限尽くすが、そうじゃない相手は裏切り者扱い。その点ではファーギーもルートも似た者同士だと思う。

ルートは今もユナイテッドの試合をTVで観るそうだ。勝利を願いながら。
時折カメラがファーギーのアップを捉えても別に悪感情はない、との事。
勿論それは今が充実してるからに違いない。生き生きとプレイしてるのを観ればよく解る、ってゆうか解り易すぎる。

なのに自分はまるで離婚した連れ合い(?)があっさり再婚したのを見て、「アンタだけシアワセになりやがって」と八つ当たりしてるようなものだ。
「イイノヨ、アナタがシアワセならば」と思うべき所だが、我ながら懐が狭くてそこまでの器量はない。最低だ。第一、カペッロのチームは応援できるけどレアル・マドリーというクラブをどうしても(略)。


ところで、ガチのパターンは万国共通らしい。
漫画のガチ神様・手塚治虫は、台頭してくる新人漫画家の載った雑誌を常にチェックしていたという逸話がある。あれ程の巨匠にも拘らず、時代の新勢力や流行漫画にいちいち対抗心を燃やしていたのである。それはトップであり続ける事への飽くなき執着心だった。

自分のゴール記録は即答できるルートだが、ユナイテッドに居た頃「トップチームの選手のデータは全部頭に入ってる」と言うのには、さすがにちょっと引いた。皆が何試合プレイし、サブが何回、何ゴール挙げたか・・・正確に覚えてるとか。リザーブチームの若手だってチェックしてたようだ。更に世界に台頭する若手ストライカーの情報まで抜かりなく。(ついでに自分のファンサイトも自分で見てる・・・)

多分気になって仕様がないんだと思う。彼にとってそれらは皆、自分を脅かす存在なのだ。
恐るべき、これがガチの執着心。

果たしてそんな風に今も、レアル選手のデータを把握してるんだろうか。クラブの歴史を勉強してるんだろうか。
先日亡くなったプシュカシュ以来の1試合4ゴールに感動しているんだろうか(とりあえず記念のボールにサインをもらう時、わざわざカスティーリャ選手らの分までもらいに行ったらしいけどね)。
そして部屋にはレアル・レジェンド達の写真が飾ってあるんだろうか。

そんな思いに駆られながら、あと何年私はレアルを観る事になるんだろう。

試合に出られない選手を思えば、こんな事を言うのはバチが当たる。プレイできるならシアワセだ。何よりここに居場所があるのは知っている。
ただ、数多くチャンスを作りながらフィニッシャーに欠くユナイテッドと、最高のフィニッシャーがいてもチャンスを作れないレアルを交互に観るのは何とも皮肉な有様だ。
(すいません、年の終わりの愚痴でした)

何でも今季得点王になれば、100万ユーロがレアルからユナイテッドに支払われるというオプション契約らしい。ガンバレ。
[PR]
by tototitta | 2006-12-29 21:06 | Ruud van Nistelrooy | Comments(7) | ▲ TOP
Merry Merry Christmas,Tonight's gonna be alright
(記&絵/minaco.)

クリスマスの思い出/ 
そもそもサンタさんがいるとかいないとか、そんな問題には縁が無かった子供時代。
思い出もあまり無いけど若かりし高校生の頃、クリスマス・ソングを編集したテープをラジカセで流しながら街を歩いた事がある(だから何だったんだろう)。
あと、以前はなるほ堂がクリスマス・ケーキを作ってくれました(そういう慣わしらしい)。

クリスマスの映画/ 
『ダイ・ハード』と『素晴らしき哉、人生』。
『ダイ・ハード』シリーズの『3』の敗因は、クリスマスじゃなかった事に尽きる。もうすぐ公開される『4』はどうだか知らないけど、ラストでクリスマス・ソングが流れなきゃいかんよ。
『素晴らしき哉、人生』もクリスマスの必須アイテムだ。もしご存知じゃない方は、コチラに「30秒で解る『素晴らしき哉、人生』」がありますのでドウゾ(他にも名作が色々。そういや『シャイニング』もクリスマス映画?)。

定番のクリスマス・ソング/ 
 「Fairytale of NewYork」ThePogues(Featuring Kirsty MacColl)
ちなみに冬になるとAztec Cameraの「Walk out to winter」を思い出す。

クリスマスの予定/ 
せめてケーキくらい食いたい。

今欲しい物/ 
蘭和辞典。ユナイテッド「Opus」(しつこい)。

クリスマスの願い事/
あぼーんしたPCのデータが救出できますように(泣)。

クリスマスのトリビア/ 
ベルカンプは子供の頃プレゼントに鉄道模型(だったかな)が欲しかったけど、もらったのはサッカー・シューズで、もし願い通りだったら今頃はチーズ工場で働いてただろう・・・・という、CMがあったっけ。ちなみにルートは2歳のクリスマス・プレゼントに伯父さんからボールをもらったそうだ。今頃ペンキ職人じゃなくて良かった・・・。

さて、今年のクリスマス・カードはやはりこの方で。お嬢さん、火傷するなよ。

では素敵なクリスマスをお過ごしください。

d0031385_193432.gif

[PR]
by tototitta | 2006-12-24 19:04 | 日々日常 | Comments(10) | ▲ TOP
日本人プレーヤー
(記/なるほ堂)

インテル戦。
満男がメッシーナのスタイルを覚えるよりも、メッシーナが満男のスタイルを覚えた方が、きっと魅力的で強いサッカーになるはず、とは思う。美しいパス、美しいボディバランス、満男の技量はシチリアの田舎クラブにあって唯一インテルの選手にも見劣りしなかった。(インテルの、この試合に於ける本気度は別として)

途中交替。確かに守備の時間が多すぎては、それは仕方ないものだったと思う。
自陣ゴール前で転がされたシーンは、満男なりのマリーシアと思うが、きっと印象は良くなかっただろう。

時折の攻撃も、全く周囲と息が合わなかった。ただし、これは満男にのみ問題があると思わない。なぜなら、満男以外の選手間のコンビネーションも酷かったから。

このクラブの攻撃、それは思うに「戦術はリガノ」という奴なのだろう。それ以外に何らの戦略的意図も伺えない。
はっきり言って監督は無能だ。(その点に於いては)

パルマ戦は案の定、出番無し。
思うに、どんなに満男がMFとしてのスキルの高さをピッチで示しても、ここでは評価されないのかもしれない。
そもそもメッシーナのようなプロビンチャには、技術よりも第一に「押しくら饅頭に強い選手」が重宝されるのだ。決して腐しているのでは無い。殊に地方クラブは高いレベルのサッカーを目指しているのでは無く、その地域のアイデンティティを示す責任を負っているのだから。シチリア風じゃじゃ麺、ジャジャシチリアーナがどれだけ美味しくても、やはり彼らはシチリア料理しか口にしない。

宮本とアレックスがザルツブルクに行くと聞いた。
正直、「またこのパターンか」と思った。セルティック中村、ガラタサライ稲本、バーゼル浩二に続き、ザルツブルグ。
一様に、CL(チャンピオンズリーグ)への出場濃厚な、それでいて日本人でも相手にしてくれそうなローカルリーグの王者への移籍。

巧い手、と思う。
これで更に日本に於ける放送コンテンツとしてのCLの価値が上がるわけだから。

現時点では日本人を所謂5大リーグのビッグクラブに移籍させるのは不可能。しかし大金を叩いたCL放送権、ならばその回収の手管としてビッグクラブの試合以外のコンテンツバリューを高めるのは、賢いやり方だ。
勿論そこには、「日本人はサッカーそのものでは無く、“日本人の活躍”を見たがるのだ」というサッカーファンをバカにした様な思惑、しかしそれでいて否定出来ない現実があからさまに見えて、嫌な気持ちになる。先日のクラブW杯に於ける「パンダ枠」と同様の。

勿論、例え最初は客寄せパンダだろうが、そこで結果を出していくのは並大抵では無い。前述の三人は立派と思う。
ただし僕は、
持参金を抱え、影響力ある人たちの肝いりで入団し、「金を産む鶏」として手厚く守られた中で結果を出す選手よりも、表立ってそういう力を行使せず、逆風の中で挑む者たちを応援したい。例え敗れても。

どうか皆にも、サッカーのもう一面、コマーシャリズムに由来する「扱い」の違いが生んだ活躍の差を、そのままその選手の能力の差とは思わないで欲しい。何のプロテクトも受けないW杯で、選手の「実際の能力」は露になったじゃないか。

それもあって、僕はオランダでの平山を失敗とは思わない。
勿論、もっとスマートなやり方もあったとは思う。でも、これは飽くまで僕なりの解釈なのだけど、彼は「先ずは自分でシュートを撃ってみた」のだと思う。物知り顔の人たちの「もっといい方法があるよ」というアドバイスを聞くよりも、自分を信じてシュートをフカすFWの方が僕は好きだ。当然そればかりでは困るけど、飽くまで最優先はゴールへの本能、状況判断の力はその後で学べばいい。
そもそも僕らはそんなFWのメンタリティを求めていたんじゃないか?
 
一部の平山評を残念に思う。
普段は日本人FWのスケールを卑下し乍ら、その口で才能あるFWをどんどん矮小化させようとしている。「失敗してもFWはシュートを」と言い乍ら、自分を信じた者の失敗を「過信」と嗤う。
むしろ、ああいう失敗が出来る神経にこそ、僕らは何か可能性を感じるべきではないか。


現実に平山は伸び悩んでいる、とは思う。
しかし、ビアホフ、コレル、ルート、トニといった古今東西の大型FWを思えば、決して答えを急ぐ必要は無い。彼らの平山くらいの年齢時を見れば、いい感じで紆余曲折の中、学んでいた時期だ。ルートなんて、全く同じ年月日に生まれたストライカーの大活躍を、二部クラブに所属しながら別世界の様に眺めていた頃だ。

故に今、平山を「厳しく教育せよ」なんて指摘も的外れに思う。少なくとも日本人的思考の下での教育で、世界に通用する本物のストライカーなんて生まれない。若いうちは人の言う事なんか聞かなくていい。そもそも中田英寿だって、それが彼を成功足らしめた最大要因だったじゃないか。あの釜本だって、性格的には・・・(自粛)。

来季よりFC東京の指揮を原さんが執ると聞いた。
思えば原選手も遅咲きで、しかし見事に開花した大型FWだった。
変に型にはめず、いつもの解説同様おおらかに、うまく育てて欲しい、と思う。
[PR]
by tototitta | 2006-12-22 17:55 | 小笠原満男 | Comments(0) | ▲ TOP
『スパイダーマン』
(記/minaco.)

アメコミには明るくないのだけど、映画の『スパイダーマン』はこれぞアメコミ・ヒーローって感じがよく解る気がする。
以前観た第1作はかなり忘れてしまったんだが、『2』はまた面白かった。モロ劇画タッチなタイトル・バック(『1』の名場面イラスト)が最高。

ぶっちゃけ、登場人物は皆中学生レベルの思考回路に思える。
ヒロインのMJは見た目はともあれ、かなり腹立つ女だ。思わせぶりにしといて、構って貰えないからってすぐ別の男と当てつけがましく婚約、しかも女優志望とか言っといて上流階級の玉の輿狙いかよ。終いにゃ何の落ち度もないのに結婚式をすっぽかされたお相手が可哀想。お前のせいで皆が振り回されてんじゃねえか、修道院にでも入れ!とケツを蹴り上げたくなる事請け合いだ。
父の仇とスパイダーマンを逆恨みする親友もまた、中坊並み。男ならウジウジせず新しい女でも見つけろ。
こいつらがもう少し賢かったら、スパイダーマンも悩まずに済む。とはいえ、このヒーローも失恋のショックで仕事放棄しちゃうんだから、やはり要領悪い。

でも変にドロドロしちゃうより、この単純さがまた好ましくもあるから不思議。

スパイダーマンはN.Y.という狭いリングで闘う、ルチャドールのようなマスクマンだ。
バット・スーツはそれなりの装備と機能がある実用品で、いわばガンダムみたいなロボットに近いし、スーパーマンのコスチュームはそれこそが地だ。
だが、スパイダーマンは出動するのに変身はしない。着替えるだけ。あのマスクと全身スーツは分離してるし、簡単に脱ぎ着出来るし、すぐ破ける。
何故必要かといえば、理由はただひとつ。正体を隠すため。派手なデザインで存在を知って欲しいけど、中身は隠したい。いや、中の人など居ない!と。
それがスパイダーマン・ギミック。メキシコへ行ったらウケるぞ(ってもう既にそんなレスラーが居そう)。

そして授かったその特殊能力を正義の為に使うのだが、実際やってる事は消防士や警察官と変わらない。
すわ強盗が!と駆け付けて捕まえはするが、犯罪の原因や社会の構造的問題には全くタッチしないんだから、それが正義と言われても納得できない。
まあ、危険な仕事を請け負う何でも屋くらいのものか(無給だけど)。大上段に構えて悪を討つ!などとは思わず、事件があれば自分の持ち場に付くだけ。

でもだからこそ、ニューヨーカー達はスパイダーマンを隣人として扱うのだ。今日も街角で「スパイダーマンのテーマ♪」を歌うバイオリン弾きが居て、子供らはヒーローに「野菜食べろよ」と言われて素直に頷き、街ですれ違ったら「あらスパイディ!来たわね」と挨拶し、ピンチには「頑張れ!」と叱咤激励する。

この距離感が何とも言えず、いい味を出している。
『2』ではまさかあんなに簡単に顔出ししちゃうとは思わなんだが、顔を見た人々もマスクを返して「見なかった事にしとくね」で済むからビックリ。まるで正しいプロレス・ファンの姿だ。素晴らしい。
9.11の直後に漫画版では、N.Y.で救助活動をするスパイディの姿があった。
漫画の中にある、ほんの少し現実より優しい、そしてレトロな世界では、ギミックを決して壊さないんである。
それはマスクマン、いやスパイダーマンには何てシアワセな事だろう。彼は孤独ではない。ヒーロー面をすると疎まれる現代と違って、架空のアメリカ、N.Yにはヒーローの存在意義がある。(余談だが、かつて日本のヒーローものは当時の社会悪を反映してたけど、アメコミ・ヒーローは夢を反映してたように思う)

ところで、見せ場であるスパイダーマンの滑空シーンはスクリーンで観た方が映えるんだろうけど、CG技術云々より景色の美しさに感心する。N.Y.の摩天楼には、日本と違って目障りな広告看板なんか何処にも無いのだ。それがこの映画の一番いい所だな。
[PR]
by tototitta | 2006-12-20 22:12 | 映画 | Comments(6) | ▲ TOP
サンタクロース・イズ・カミン・トゥ・タウン
(記/minaco.)

ちょっと古いけど多分観た人は希少だろうから、ここに記しておこう。
ドーハ・アジア大会の開会式はマグマ(注/地底でグツグツいってるネタの宝庫の意)だった。いやあスゴイ。
クライマックス、最終聖火ランナーのカタール王子が黒馬に乗って颯爽と登場し、聖火台への長い長い急斜面を駆け上がる。だが、あと数歩の所で馬が息切れ。王子が危ない!大丈夫か馬!と、思わず手に汗握ったね。

そんな凍てつく夜ですが、そろそろユナイテッド選手達は毎年恒例の行事を楽しんでいる頃ではないかしら。
例年この時期が来ると、日頃やんちゃな選手達もクリスマスの善行に励みます。マンチェスター市内の小児病院を訪れプレゼントを配るのです。中身は勿論、メガストアのユナイテッド・グッズ(自腹?)。しかしガラの悪いサンタクロースだな、オイ。

そしてマンチェスターのクラブにてクリスマス・パーティも開催されます。他のクラブにもこういう催しがあるのかもしれないけれど(レアルの場合はクリスマス・ランチ)、ユナイテッドでは何でもファーギーが就任して以来、鶴の一声で始めたのだとか。そういう事には拘るのがファーギー。ちなみにクラブにはアカデミーの子らの悩みを聞いてくれる専属神父(牧師)も居ます。

昨年このパーティに向かう選手達を写真で見たけど、マンチェスターの街をぞろぞろ連れ立って歩く姿 (何故か皆モノトーンのアンフォーマル) は 『レザボア・ドッグス』 か 『ユージュアル・サスペクツ』の1シーンよろしく、どう見ても出入り でした。

鉄砲玉バーズに昔気質の極道ギャリー、無口な掃除人スコールズ、大物のルー坊、色気付いた若造ロン、ちょっと迂闊な用心棒おシェイ、使いッパなフレッチ、武闘派オーレ、黒幕ギグス、姐さんリオとそれを慕う舎弟ブラウン、最後尾にはインテリやくざなエドさん・・・キャラが揃ってますなあ。
今年はどんな感じか覗いて見たいものです。ラーションの歓迎会も兼ねるのかな。

こうしたクラブの行事もイングランドらしいというか、人間関係を大事にする古き良きこだわりだと思う。
選手が機械や商品のように扱われる昨今、過酷な年末年始を迎える前に人間味ある日を皆で、そして地域で共有する事の大切さ。フットボールクラブは血の通ったものでなくちゃいかん。きっとファーギーはそれを信条としているはずだ。
こんな風なクリスマスがある限り、まだフットボールも救われる気がする。

ところで、今年のクリスマス・プレゼントにはユナイテッド「Opus」が欲しいです。サンタさーん。
[PR]
by tototitta | 2006-12-19 00:20 | Manchester United | Comments(2) | ▲ TOP
見たらすぐ書く・TOYOTA杯決勝観戦雑記
(記/なるほ堂)

ガウショ対リアル・ガウショ。
いつもならロナウジーニョ・ガウショを「ガウショ」と略して呼んでいる当ブログだが、今日は「ガウショだらけ」だったので、ロナウジーニョと記そうと思う。

失点後、まだ時間があるにも関わらず、既に力無いロナウジーニョの姿。
彼は改めて、自分が育ち、そして捨てた古里のフッチボーの凄さを知ったのだろう。そして「このまま敗れ去るのだ」という現実も。
このスタイルは欧州には無い。唯一無二、そして強い。スタイルそのもので問うならば、多分セレソン以上。

多くの敵はバルサに対して、そしてロナウジーニョに対して、運動量や人数(囲い込み)、そして激しさを以て封じようとする。しかしインテルナシオナルはシンプルなマンマークだけで、完全にその攻撃を押さえ込んだ。このようにして抑え込まれるバルサは、近年覚えが無い。「ポール・ベタニーではなく、エトーがいれば、、、」とも思うが、ここは素直にインテルナシオナルを誉めるべきだろう。

試合終了。
それにしても、笑顔のインテルナシオナル選手たち。うなだれるロナウジーニョとデコ。
──改めて今日の試合は、「どっちが勝っても世界一はブラジル」だった訳だ。

だから、この試合はニュートラルな立場で、勝敗抜きでサッカーそのものを楽しんで見れたんだと思う。
いやあ、面白かった。

おめでとう、インテルナシオナル。
常々、特にグレミオのサポに「名前負け」を揶揄されていたインテルナショナルだけど、これでその名に恥じないクラブになったね。
これで、「名前負け」のインテルは世界に一つ、か。ミラノ。

<その他、気付いた点。>
・フェルナンドン
私のドンと呼ばせて下さい。

・アレシャンドレ。
歯の矯正中なのね。OK。セレソン先輩の出っ歯、隙っ歯までは受け継ぐ事無し。
ただ、将来性という点では、今は騒がれ過ぎに思う。フィジカルや戦術眼など、まだまだ足りない物だらけ、NAINAIセブンティーンだ。
数年後はニウマールクラスに落ち着いちゃうかも。。。

・ロスタイム
ブラジル名物「七色の時間稼ぎ」。大好き。

・ライカールト
その「人心掌握力」は認める。でも、それ以外の部分はやはり。。。
「劣勢時に、チームを勝たせる采配が出来ない監督なんだなあ」
と、改めて。

・MVPデコ。
異議無し。この大会で、常々僕が力説するデコのセクシーさ(?)をご理解頂けたのでは?
まあ、上戸彩のような小娘には判るまいが。ムフフ。

・両イレブン。
ノロウィルスに感染しない様に、早めに離日してくれ〜。但し、フェルナンドンは残りなさい。で、このまま鹿島に来なさい。
[PR]
by tototitta | 2006-12-17 22:24 | サッカー全般 | Comments(11) | ▲ TOP
クラブW杯、5位決定戦
(記/なるほ堂)

昨日のクラブW杯のゲーム。
どんな茶番も、それが競技の領域に及ばない分だけバレーボールは未だマシだったと思う。

「彼」を責める気は無い。
彼はサッカー人として当然の決断をした。だが、それを踏まえた上でも言いたい。彼はこの試合に出る資格はあったのだろうか。そして本来ならばこの試合に出る資格がある選手、このニュージーランドのアマチュアクラブの、この大会への出場権獲得に貢献した選手が、何故出られないのか。定員百人の大学に百一人目として不正入学した方が、まだ「人的不幸」は少ないと思う。(勿論、それ以外の面で許されない事だが)

FIFA「全試合、生中継することが放送権の条件デース」
スポンサー筋「視聴率の見込めない試合まで面倒見きれないんだぎゃーも」
日本サッカー協会「(出場を逃したJクラブに苦虫を潰し乍ら)マイナークラブには日本人選手を送り込みますから、それでナントカ」
推察するに、そういう事だったのではないか。

所謂、大人の事情だ。
勿論、「彼」クラス(知名度という点で)の梃入れで飛躍的に視聴率が伸びようとは彼らとて思っていないだろう。あくまで個人的妄言として受け取って頂きたいが、単に「理由付け」が必要だっただけではないか。スポンサー筋は決算書の体面を整える為に、TV局はラテ欄の体裁を整える為に、上っ面だけでもこの試合を「視聴率が望めるコンテンツ」に仕立てたのではないか、と。

このコンテンツを日本に根付かせたい気持ちは判る。
でも、それに伴う「無理」がクラブワールドカップという名目に傷を付け、結局はこのコンテンツへの興味を落とす原因になっている、と僕は感じる。正直、僕はむしろ「彼」が出るからこそ、見る気が失せた。「これはイベント・・・W杯では無い」と。大好きな選手の一人なだけに、心が痛んだ。
これなら前座で下手糞な歌を聞かされたり、合間にアイドル歌手のカットが入る方が、まだ我慢出来る。

そもそも視聴率が望めない試合が必然的に増加する原因=順位決定戦など行う意味も、万一欧州王者が初戦で敗れても、もう一試合させる為だろう。ならばやはり、一クラブの人気に頼らねば立ち行かない大会など、行うことには無理があるのでは無いか?
「然らば、開催国枠としてJクラブを。。。」
など、この大会には他にも醜い話は聞こえてくる。
とても恥ずかしい。

考えて欲しい。
例えば日本がJリーグ発足以前のアマチュア時代、奇跡的にW杯出場を果たし乍らも、
「お宅の国の試合は視聴率が望めないから、開催国の選手を加えて下さい」
「で、今その選手は何処に?」
「東海道を歩いてます」
「へ? そ、その選手は現役ですか?」
「一年前からプレーしてません」
「(戦力にもならない・・・)」
「元日本代表の10番がお宅のチームに無料で加わるんですよ。いい話じゃないですか。」
「その分出場出来ない選手に、何といえばいいのか。。。」
「アマチュアだからいいでしょ。色々便宜も図らせてもらいますし、、、この大会に出られるだけでもありがたいと思わなきゃ」

そう言われても平気ですか? 
表現は想像だけど、でも実際こういう事をしているわけでしょ。地元民の飛び入り参加OKって、正月の餅つき大会じゃあるまいし。それの何処がクラブの実力ナンバーワンを決める大会だよ。何がクラブのW杯だよ。

繰り返しになるけど、このコンテンツを日本に根付かせたい気持ちは判る。でも、このやり方じゃ絶対に根付かない。もしもこの国ではこういう形でしか運営出来ないのなら、ホスト国は返上した方がいい。ドバイやアメリカに話を持っていった方が、サッカーの為だ。

来年は何処のクラブが来るかは判らない。でも一つ言えるのは日本人選手がそこに居るのだ。
勝手乍ら、予想は、、、城。バルサの二連覇よりも固いかもしれない。
[PR]
by tototitta | 2006-12-16 15:00 | サッカー全般 | Comments(2) | ▲ TOP
フレデリック・ワイズマン『動物園』
(記/minaco.)

さて、盛岡はすっかり真冬突入。氷の世界は待ったなしである(水道凍結にはご注意!)。
仕事と試合が詰まってて映画を観に行く余裕もないうちに、いつも行く映画館は遂にシネコンになった。スクリーン数が増えるといっても、どうせ正月の大作がその分占拠してしまいそうなのであまり有難みは無し。オープン記念で『サム・サッカー』の上映告知してたのになあ。よくある事だけど(泣)。

それでも見逃した映画を家で少しずつ観てはいる。その中で拾い物だった2本。

『ボーン・スプレマシー』

マット・デイモンが記憶喪失のスパイで、恋人役がフランカ・ポテンテちゃん(=『ラン・ローラ・ラン』のローラ)という設定しか予備知識がなく、でも何か気になってたので観てみた。
・・・いきなり、続編だった。
ストーリーは前作からそのまんま続いているらしいのだが(という事はもしかして、前作では解決してないのか?)『ボーン・アイデンティティ』は未見。
でも大丈夫。ヨーロッパ映画みたいで、キャストも地味で、説明が無くて、何より主人公ジェイソン・ボーンの手際の良さが気に入った。殆ど喋らないマット・デイモン(何しろ記憶喪失)はグッジョブ。前作も観ようと思う(今更)。


『動物園』

こちらも説明が全く無いドキュメンタリー。ナレーションも音楽もテロップも無し。フロリダにある動物園の日常をカメラはただひたすら記録する。
そこは旭山動物園のように特別趣向を凝らした動物園ではない。家族連れや観光客が象やキリンを見て喜ぶ姿はごく当たり前の光景だ。だがそこで働く人々を追うと、ジワジワとありふれた動物園のもうひとつの姿が見えてくる。

これは「本当は怖い動物園」の映画でもある。気の弱い人(自分)にはあまりオススメ出来ません・・・。
「上手なワニの捕まえ方」もあれば、サイの出産もヘビのお食事も犬の去勢手術もあるけれど、決して”生き物バンザイ”なものじゃありませんから!うっかり呑気に観ていた私も何度眼を背けたことか。ウサちゃんもヒヨコちゃんもバンビちゃんも・・・ああガクガクブルブル。でも、これがお仕事であり現実。動物を飼育するってのは、こういう事なのだった。我が家の猫も時々小鳥なんかをお土産にして来たしなあ。

客観的に時系列の事象のみを映してるように見えても、何を映して何を映さないか、映像には既に意図があるというもの。更に編集がすべてを決め、それをどう解釈するかは観る人による。巷でヒットしたドキュメンタリー映画はナレーション等で物語を「作る」事も多いが、この映画はそんな物語性を排してるせいで先を読めず、安易に感情移入も出来ない。観るというより見せられているという感覚。

例えば動物の食事を厨房で料理(?)する職員の姿を、カメラは人間性など微塵も見せずに映す。無言で果物や野菜を刻み、サプリメントみたいなものを加えた大きなバケツを「素手で」かき混ぜる。この人はご飯を作ってお金を得てるけど、決してシェフとは呼ばれないんだな。その職人のようなルーティン・ワークが寸分違わず毎日繰り返されていると思うと、何とも妙な気分だ。

後で知ったが、監督はドキュメンタリー映画の第一人者フレデリック・ワイズマン。名前は聞いたことあるけど観たのは初めて。この人のフィルモグラフィーを見ると、「病院」「高校」「軍事演習」「モデル」「ストア」「競馬場」・・・そのものズバリ、何とストレートなことか。それらの場所でカメラを回すという事は、観察し記録するという普遍的な行為に違いない。例えば宇宙人が来たとして「動物園トハ何カ」問われたら、この131分の映画を見せればいい。後世に残すならそういう記録なのだ。

どちらがいいという訳ではないが、多分ワイズマンの映画は文系ではなく、理数系。観察記録をまとめると、本質が見えてくる。
歴史というものはそもそも「誰か」の記録なんだろうけど、観察者ワイズマンの記録なら信頼できる、そんな気になるのであった。
[PR]
by tototitta | 2006-12-14 22:44 | 映画 | Comments(0) | ▲ TOP
2人のガチ
(記/minaco.)

世のガチには黄金パターンがある。私がよく司馬遼太郎=シバリョーの文を引用するのは、シバリョーが書く小説は大抵ガチを主人公にしているからだ。多分シバリョーは(我らと同じく)ガチストであり、ガチを語らせたら右に出る者は居ない。よってシバリョーの文はすべてのガチに通じる(強引!)。

私は決してプオタ(プロレス・オタク)ではありませんが、なるほ堂「心のガチ」小橋建太(プロレスリングNOAH)の話を聞く度にルートとは怖いくらい共通すると思う。普通に考えたらどうやっても結び付くはずのない両者だが、全ガチ連改めネオガチ党員の間では(って、それウチだけ)即ちガチの解り易い見本と囁かれているのだった。

生い立ちこそ違えど(いや、そもそも殆どが違うけど)フットボーラーとプロレスラーの道のりはそっくりだ。
膝の前十字靭帯を手術したのがルートが00年、小橋が01年。実際傷めたのは同じ頃だった。そこからの復活が互いをエースの座へ導いた。(以下、小橋のエピソードはなるほ堂の受け売りです。繰り返しますが私は決してプオタではありません

ルートはゴールを決めた時、よく握り拳で「カモーーーーン!!」と吼える。
一方小橋は必殺技のチョップを繰り出す時に、青春の握り拳で「カモーーーーン!!」と、何故か英語で吼える。

多彩な技を持っているのに敢えて単純なチョップに拘り、それだけでプロレスそのものを体現してみせる小橋。
もっと色々な事が出来るのにペナルティ・ボックスでの勝負に拘り、ストライカーの目的をゴールにのみ純化してゆくルート。

小橋はリングでタッグパートナーの若手選手に交代した後も、我を忘れ身を乗り出して大声を掛け続ける。
ルートは交代した若手ロッシがゴールすると、ピッチに乱入し掛けて取り押さえられた事がある。同じく最近もデ・ラ・レッドのゴールに思わずベンチを飛び出し、勢いで屋根に頭を強打したまま万歳してた。

小橋は王者だった頃、よく一人でチャンピオン・ベルトや自分の剛腕と対話していたという。
ルートもよく自分で自分と対話する。怖い怖い。

ガチのモチベーションはいつも”must”である。
ルートがレアルを選んだのは、「行かねば」と思ったからだと言う。「行きたい」ではなく、「行かねばならぬ」。誰に頼まれた訳でもないのにそれは使命、いや本能の命令に従う義務。
小橋が東スポの取材で「熊に出会ったらどうするか」と問われた時、「やるしかないでしょ」と答えた。迷いなどない。

奇しくも両者にとって激動、波乱の大変な1年であった。絶対王者だった小橋は病に侵されリングに立てぬ状況に、絶対エースだったルートはチームを外されピッチに立てぬ状況に。小橋はそれから手術・療養を経て、先日遂にファンの前に立った(なるほ堂号泣)。ルートは新たな場所でまたガツガツとゴールを積み重ねている。
だが、小橋がリングに戻るのが先か、ルートが再びオレンジのユニフォームを纏うのが先か、それはまだ解らない(そりゃ勿論小橋の病と比較しちゃいけないが)。そういや、小橋のパンツは以前オレンジだった・・・今はレアルと同じ紫。ああ、怖い。

我が家のガチストは、今日も2人をハラハラしながら見つめている。
「やるしかないでしょ」
それがガチの合言葉。
[PR]
by tototitta | 2006-12-12 22:35 | Ruud van Nistelrooy | Comments(8) | ▲ TOP
携帯電話
(記/なるほ堂)

遠方に住む兄夫妻が母に携帯電話を買ってよこした。やるな。
だが、母は説明書を読んでもチンプンカンプン。一向に使い方を覚えられない。そこで僕が学び、母に伝授する事に。

しかし、話はそう簡単では無い。実は僕も携帯電話なるモノを使った事が無いのだ。
「さすがは自然派岩手県民、安易に利器に奔らない」
と思われるかもしれないが、そうでは無い。
岩手県民でも、こんなの僕くらいだろう。いや「僕ら」くらい、か。
minacoも携帯電話なんぞ持った事が無い。

そこにポリシーなど無い。単に機械が苦手なのだ。僕らは。
先日もパソコンのHDが起動不能になり、その時の焦燥感と言ったら無かった。
そもそも仕組みが納得出来ないもの、視覚的に理解出来ないものと共に居る生活に安心出来ないのだ。
それ故だろうか。子供の頃から機械仕掛けの玩具は「分解する事」が「遊び方」だった。
だから僕は飛行機に乗った事が無い。あの鉄の塊が空を飛ぶのを理解出来ない。


僕らは仕事上、止むなくパソコンは使っている。
その作業中、操作の仕方を巡って、つまらない事で諍いになる。
やはり、機械を前に心が穏やかでは無いからだろう。パニックになったり、イライラしたり。
もしも永久の生命を無料でくれると言っても、それが「機械の身体」ならば、僕らは断るだろう。メーテル。

さて携帯電話。
パソコンを始めた時も同じだったけど、遅くに手にしたせいで、
こうして現実に始めた頃には変に「耳年増」になっており、
やたら怯えが先立って「恐る恐る」になってしまう。
「ワン切り」とか「違法請求」とか、、、過去に耳にしていても無関係とタカを括っていた魔物が、一気に襲いかかって来た感じだ。

なので、むやみに「通話」を使う前に、写真を撮ってみた。
だが、それすらも上手く行かない。皆、ピンぼけと言うか、ハミルトンの写真の様なソフトフォーカスになってしまうのだ。

「きっと間違えて、ソフトフォーカスモードでも押しちゃったのだろう」
と思った。そんなのあるか知らないが。
だが、そんなモードの存在など、何処を探しても見つからない。
もしかして携帯の写真って、こんな低解像度の写真しか撮れないのか?
見損なったぜ、携帯電話。

だが数時間後、気付いた。レンズのカバーフィルムがついたままだった。
無事に撮れた写真↓
d0031385_16204054.jpg

果たしてこんな僕に携帯電話など理解出来るのだろうか?
[PR]
by tototitta | 2006-12-10 16:22 | 日々日常 | Comments(5) | ▲ TOP
LINKS
・ Mercedes's Diary
・ おかず横町
・ デジカメのいろいろ
・ 今さらながらの○○修行
・ 春巻雑記帳
・ 塔とゆりかご

映画
・ NAWOWOW
  NAWOKO KAWAMURA'S PORTFOLIO

 Football
 ・ CALCIO馬鹿のたわ言。
 ・ 【別館】Black Swan of Ukraine
 ・ ファーポコ
 ・ A.C.MILANを斜め読み

 鹿島アントラーズ
 ・ オフィシャルサイト
 ・ Red-Deer's Diary
 ・ My Soccer Diary
 ・ やわらかな風に包まれて
 ・ はいっ、おばさんは遠隔地鹿島サポです!

 レノヴェンスオガサFC
 ・ オフィシャルサイト


OTHER ROOMS
WEBSITE SPIN-OFF

・ ABOUT US
・ CONTACT