S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

イラストレーターMinacoとなるほ堂が、サッカーのこととか、映画のこととか、日々日常に関して、その情熱の総てを地球にぶちこんで叩き付け、戦い挑み、愛を説く日々の記録。
XML | ATOM

skin by なるほ堂
ABOUT CONTACT BLOG LINK
タグ:プロレス ( 19 ) タグの人気記事
| ▲ TOP
2009年ガチ映画賞
(記/minaco.)


さて、年納め企画。
今年観た映画の中から、独断と偏見で<2009年ガチ映画賞>を決めたいと思う。

なるべくなら劇場で観たものから選びたいけれど、いかんせん今年観た新作が少なすぎ…申し訳ない。なので家で観た分も含め、ワタシの心に残ったガチ映画が対象。またクラシックは除き、出来るだけ近年の公開に絞る。

なお作品の良し悪しとゆうより、「如何にガチだったか」を基準としております。
では早速、部門賞から。


【邦画部門】 『劒岳 点の記』(2009)

昨今の軟弱な映画界において、本物を撮る!だから実際に山を登る!と拘った木村大作監督。お陰で、劒岳のロケーション自体は堪能した。

但し、山以外には然程拘りがなかったらしい。予算の都合か、明治村そのまんま…みたいな平凡な画ヅラ。また測量はガチなのだが、登山隊の狂気、山の凄みなど伝わらなかったのが残念。結局、本編よりも監督自身の狂気が印象に残る。

【ミュージカル&ダンス部門】 『ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢』(2008)

ダンサーはガチ。そのオーディションもガチなドキュメンタリー。再演版『コーラスライン』ゲイ役の演技には、審査員もガチでもらい泣き。

【シニア部門】 『グラン・トリノ』(2008)

イーストウッド先生によるガチの最期とは、やっぱり最期までガチだった。勿論、ガチにはツッコミ所も多々ある。温かく笑ってあげたい。

【スポーツ部門】 『レスラー』(2008)

愚直なるガチの花道。ここ数年の映画界ガチ・ブームの流れで、プロレスラーに脚光が当たるのも必然か。娘へのプレゼントにプロレスラー感覚で選んだダサダサ服は、最も心に残るガチ・シーンであった。

【ホラー&サスペンス部門】 『ファニーゲーム U.S.A.』(2007)

観た後、それを後悔する映画。決してお薦めしない。何せ、泣く子も黙るミヒャエル・ハネケ監督の米国版セルフリメイク。俳優と言語以外すべて一緒らしい。

全編が異様な緊張感で、非常に居心地悪い。悪趣味がガチすぎてドン引く。残虐非道なのに、直接的なバイオレンスは全く無いのでR-12指定に留まってるけれど、絶対子供に見せちゃいかんです。
大人だって、こんな嫌な映画はなるべく観ない方が良い。でも、困った事に面白い。

【ガチ脚本賞】 『レイチェルの結婚』(2008)

幸せな結婚式と同時進行する家族の愛憎。即興演出で、むしろ脚本のない事がガチ。ジョナサン・デミ監督は『羊たちの沈黙』同様、女性の内面を描くのが上手いのかな。

【ガチ音楽賞】 クリント・イーストウッド『俺のグラントリノ』♪

イーストウッド先生版「マイ・ウェイ」。紅白で言えば大トリ。かなり満足げに歌い上げます。ちなみに息子カイル・イーストウッドはベーシスト。

【ガチ助演女優賞】 マリサ・トメイ in 『レスラー』『その土曜日、7時58分』(2007)

場末のストリッパーはガチ。そして女子プロレス。80年代風味が泣かせるマリサ・トメイは脱ぎっぷりも気前良く、幸薄いオヤジのディーバである。

【ガチ主演女優賞】  エイミー・アダムス in 『ダウト 〜あるカトリック学校で』〜(2008) /『サンシャイン・クリーニング』(2008)

昨年『魔法にかけられて』のディズニー・プリンセスで注目された女優だが、あの浮世離れっぷり、天然ぶりはガチと見た。所帯じみたシングルマザー役の『サンシャイン〜』でも、「元・花形チアガール」との設定が抜群の説得力を持つ。これぞトウの立ったプリンセス。

【ガチ(とゆうか電波)助演男優賞】 トム・クルーズ in 『大いなる陰謀』(2007) /『トロピック・サンダー/史上最低の作戦 』(2008)

常にポジティヴ過ぎて、常に頑張り過ぎて痛々しいトムだが、ザ・ネオコンや横柄な金持ちや怪しい教祖を演らせたら洒落にならんくらい素でハマる。ガチというより電波だけど

幸か不幸か、もはや突き抜ける所まで突き抜けてしまった。退路はない。そういや『トロピック〜』でカメオ出演した役は、マルコム・グレイザーがモデルだよね?

【ガチ主演男優賞】 ミッキー・ローク in 『レスラー』

ガチは復活する。老いたミッキーの息遣い、生々しい肉体。これ以上の説得力はない。

【ガチ監督賞】 ロバート・レッドフォード 『大いなる陰謀』

レッドフォード代表作『大いなる勇者』と『大統領の陰謀』を単に合わせただけの、売る気など更々無さそうな邦題は酷い。

サンダンス・キッドの相棒はこの世を去り、ハリウッドのリベラルな政治者レッドフォードもすっかり老いた。サンダンス映画祭やユタ州のリゾートを遺産に残して、その戦いは後進に譲るつもりらしい。

だが、あいにく後継者が育たない。現状に業を煮やしたレッドフォードは、自ら若者に説教をブチかます。「俺はリスクを背負って闘ったのに、お前はそんなんでいいのか」と猛烈に怒っている。これが監督レッドフォードのガチ遺言。そこのブラピ、あんたに言ってんだよ!



以上、今年は『レスラー』『グラントリノ』など老ガチ復権の年となった。各受賞者にはガチパーツ、南部鉄器製のオスカー像が贈られるとか(嘘)。但し、ワタシが見逃したガチ映画も多々あったと思われ、いささか不本意な結果かもしれない。お許しを。

てな訳で、「2009年塩映画賞」も後ほど予定しております。お楽しみに。
[PR]
by tototitta | 2009-12-26 22:15 | 映画 | Comments(2) | ▲ TOP
ミッキー復活興行『レスラー』はガチ
(記&画/minaco.)

d0031385_18325553.gif


ミッキー・ロークの復活興行、『レスラー』('08)をやっと観る。
劇場内にはプヲタ(プロレス・ヲタク)らしきお客も多く見受けられた。さすが、日本一プロレス民度の高い(?)盛岡。ワタシはプヲタじゃありませんけれど。

ミッキー扮するランディ“ザ・ラム”は、かつて20年前にはメジャー団体で大観衆を熱狂させた老プロレスラー。繰り広げた死闘はプヲタにレジェンドとして語り継がれてる。それが今や田舎のしがないドサ回り興行が主戦場。何故ここまで堕ちてしまったのか---。

理由は説明されてないものの、観てるとよく解る。まず、ミッキーの技がキレイじゃない。ラリアットも下手。そもそもアメリカン・プロレスは技が大雑把なんだけど、恐らく彼は器用じゃなかった。愚直に身体を張って「痛みの伝わるプロレス」しか出来なかった。例えるなら、昔の川田利明みたいなタイプかな。やがて時代が大会場のTV向きWWE全盛になると、生身のプロレスは取り残されたのだ。

そして彼はハードコアやデスマッチ系のフリー契約となった。ドサは辛い。取っ払いのギャラは僅か。当然医療保険や退職金もなく、日焼けサロンもプロテインも怪我の治療も凶器も、すべて自己負担。それにしてもまさか映画でセルフカットまで見せちゃうとは…。そういった舞台裏、プロレス残酷物語は涙無くしては観られない。

とはいえ、レスラー同士の関係もよく描かれている。相手に信頼がないとドサ回りでブック(筋書き)も成り立たないし、痛みを共有する者同士でなければ、危険な技など出せやしないよね。



疵や脂肪、ステロイドで作った筋肉と酷使した肉体、加えて変わり果てたミッキーの顔は、痛々しくも強い説得力を持つ。プロレスラーは受けてこそ。他の格闘技なら相手の技を避ければいいが、プロレスにおいて最も大事なのは、「逃げないこと」なのだ。

これは自然界における雄同士の戦いと似てる。
故に、プロレスって実は女子の目から見ると解り易いかもしれない。

誰が、どの雄が一番勇ましく強いのか、女子は本質を求めるから、戦いから逃げるような雄は即「しょっぱい」=「遺伝子を残す価値なし」と見なす。プヲタが10年掛けて辿り着いた真理を、直観的に見抜いてしまう事さえある。

プロレス以外の何だってそうだ。ストライカーはペナルティエリアから逃げちゃ駄目だし、競争馬はスピードじゃなく勝負から逃げない事だと『シービスケット』も言ってるじゃないか。

…話を映画に戻すと、場末ストリッパーのマリサ・トメイも、プロレスを本能的に理解してる。彼女がメルギブ監督のガチ映画『パッション』を傑作と薦めるのがその証拠。だって、あれこそ「プロレス・受けレジェンドそのもの!」とワタシが以前書いたから 、この話が出てたまげた。



さて、色々あってミッキーは20年ぶりに伝説の試合を再現する事となる。全米プヲタ大喜び。しかし、ミッキーは哀しい。哀しいけれど、我々は知っている。小橋建太もそうだった。ガチの道は何処も同じ。

小橋も試合したROHのマットに上がった彼は、とても輝いていた。ガチ・レスラーとして、そしてミッキー・ローク自身として、居場所があるから。

メインエベントでミッキーが花道を歩いてくる。ミッキーがマイクを持つ。ミッキーが持ち技「ラム・ジャム」を出す。ミッキーがふらつきながらトップロープに立つ。

良いプロレスだった。
試合後は、(U2と並ぶガチのテーマソング)ブルース・スプリングスティーンの歌で客出しとなる。

エグい映像も多々あって、この映画が決してプロレスのすべてではないけど、本質のエッセンスをかなり伝えていると思う。ミッキーの佇まい無くしては成し得なかった。
って、何でこんなに熱く語ってるんだろうワタシは。決してプヲタじゃないのに。


「レスラー」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
[PR]
by tototitta | 2009-09-08 18:37 | 映画 | Comments(2) | ▲ TOP
『ブーリン家の姉妹』~プロレス的に
(記/minaco.)


地方の新興プロレス団体「ブーリン・ファミリー」に、“ザ・ブーリン・シスターズ”というタッグ・チームがいた。

姉のアン・ブーリンは、派手な打撃とマイクパフォーマンスを売りにするが、受身と寝技が苦手。
妹のメアリー・ブーリンは、玄人受けする受身と寝技を得意とするが、いかんせん華がない。

ある日、2人は経営難に苦しむフロントの戦略により、大メジャー団体「イングランド・プロレス」のリングに抜擢される。そして、地元興行で「ヘンリー8世国王杯」のタイトルマッチに挑戦することになった。無事勝利を収めたものの、期待されていたアン選手は大技でしょっぱく失敗。なんと、フォールを奪ったのはメアリー選手の関節技であった。

すると、フロントは急遽地味でスター性のなかったメアリー選手を猛プッシュ。ドーム興行のメインイベントに立てるという賭けに出て、見事「イングランド・プロレス」との本契約を果たしたんである。

当然面白くないのは、アン選手だ。団体内の不文律を破り、勝手に試合をマッチメイクしてフロントを怒らせてしまう。彼女は海外の他団体へ「武者修行」に出された。即ち、干されたんである。

ところが、アン選手はそこで新しい技を身に付ける。ヒールとして開眼し、再び「イングランド・プロレス」のリングに乱入してマイクを奪うと、メアリー選手の持つベルトへの挑戦権を強引に認めさせたんであった。

かくして、「ヘンリー8世国王杯」のチャンピオンベルトを賭けて元タッグパートナー同士が争う事となり、観客もこの因縁のアングルに盛り上がる。

勝負はアンの一方的なガチ試合。容赦ない反則攻撃に戦意喪失したメアリー選手に余力はない。
そして、ついにアン選手がベルトを巻いた。更に、彼女は団体エースの座を確約させようと、ドーム興行のメインイベントを迫る。だがこの時、既に団体のベテラン選手は不穏な空気を感じ取っていた。

そんな事も知らずに、アン選手と「イングランド・プロレス」は長年「ヘンリー8世国王杯」のタニマチ(=スポンサー)であった「ローマ・カトリック教会」を切り捨て、新たに「イギリス国教会」を立ち上げ独自興行に乗り出す。結果的に、これが観客をドン引きさせてしまったのだろう。強引すぎ!お前はエースじゃない!と会場で大ブーイングされてしまう。

追い詰められたアン選手は、一番弟子ジョージとタッグを組み、捨て身の危険技を繰り出すが、自爆。そして既に引退したメアリー選手が見つめる中、とうとうベルトを手放す…。


って、そんな映画でした、『ブーリン家の姉妹』 ('08)。あながち間違ってはいないはず…。

何となく観ててどよーんとしてしまったのは、そもそもヘンリー8世国王杯がしょっぱかったからではなく。
結局、ヒールでも野心と闘争心溢れるアン選手より、向上心も闘争心もないベビー・フェイスのメアリー選手が美味しいとこ持ってっちゃうのね…という、やるせなさのせいだと思う。
[PR]
by tototitta | 2008-11-24 20:02 | 映画 | Comments(0) | ▲ TOP
タオルは投げるなよ
(記/minaco.)


先月のユーヴェ戦後にルートの怪我が判明した時、それが右膝と聞いてぞっとした。一度は復帰したものの、クラブ発表によると今は手術も考慮にあるらしい。かなり凹む。

どうやら8年前の怪我が再発したのでは、との事。長年酷使してきたせいで、膝が悲鳴上げてるんじゃないかな。これはもはやストライカーの職業病かもしれない。

マドリーのメディカルは、以前ルートを手術したRichard Steadman医師に診断を仰ぐそうだ。奇しくも、うちのハーグリーヴスも同じく米国コロラドでこの名医に診てもらうところだという。2人でしっかり治療してもらいたい。



先月のMarca紙に載ったインタビュウ記事の中で、何とも彼らしいロマンティックな表現でキャリアの最後について語ってた。

「いつか自分が退く日が来たら、皆のサポートに感謝するつもりだよ。
そういうもんだ。それが人生‐‐‐
若い選手には輝かしい未来があって、素晴らしい実績が付いてくる。
俺は自分のユニフォームを脱いでそいつに渡し、幸運を祈る。
そしてこう言う。
“さあ、お前の番だ”
それは俺の過ごした15年間でもあるんだ」


この人は気障な事を平気で言う。しかも、ホントにそれを実行してしまいそうな気がする。ルートの汗臭いユニをもらった若者は、どうリアクションすりゃいいのか。

まるで達観してるみたいに聞こえるけど、彼には極端なニ面性がある事を忘れちゃいけない。これは理想であって、現実はまた別。何せ、後にはこう続く。

「(若手の指導は)そりゃ控え選手の仕事のうちだけど、俺はまだそういう状況じゃない。そうだろ?俺はそう簡単に自分のユニをあきらめるつもりはないよ」



ところで現在、プロレスラー小橋建太は右肘を手術して長期欠場中である。一見何の関連性もないオランダと日本のガチ2人は、いつも同じようなバイオリズムを描いているから不思議だ(「2人のガチ」 参照)。

小橋は入院中にも拘らずダンベル持ち上げすぎて、肘に入れたボルトを曲げてしまった(!)と聞く。しかし、彼はなおも再びチャンピオンベルトを取り返すつもりでいるらしい。

ルートは8年前の手術直後、膝の傷跡を見せてこう言った(オランダNOS放映のドキュメンタリーから)。

「まだタオルは投げるなよ」

d0031385_22135794.jpg


そう、その意気だ。
[PR]
by tototitta | 2008-11-10 22:22 | Ruud van Nistelrooy | Comments(2) | ▲ TOP
ともあれ曲げる!『ウォンテッド』
(記&画/minaco.)

d0031385_22452948.gif


アクション映画とミュージカル映画はアイディア勝負だ、とワタシは思ってる。

どちらも身体を使うし、アイディア次第で何でもあり。カーチェイスでもガンアクションでも、美術セットでも振り付けでも、大げさに言えば「これまで誰も見た事のないような」ネタを考え、挑戦するモチベーションこそが映画の出来を決めるのかもしれない。

とはいえ近頃は技術の進歩でどんな事も可能になって、大抵の事は「CGだから」と驚かなくなってる。要は、「最初にやったもん勝ち」なんである。


先日観た『ウォンテッド』('08)では、“銃弾の軌道が曲がる!”というのが新ネタとして登場した。ありそでありえねー。手首でスナップ利かせて標的を撃つフォームが、テニスで言えばバックハンドでスピン掛けるみたいでカッコイイ。まあ、結局気合で曲げてたりするんだけど。

ぶっちゃけ、映画はこのネタだけで最後まで持ってっちゃうんだった。文字の遊びとか、暗殺指令が機織り機だとか面白い小ネタもあるけど、単純に「弾が曲がるぜ!」だけで1本撮れるという話。確かにバカバカしいし、やったもん勝ちだ。


プロレス的に見ても、虎の穴でベビーからヒール転向、悪徳オーナーやタッグパートナーの裏切りなどありがちなアングルが見て取れる。なのに、どうもプロレス脳でワクワクしないのは何故。

『キング・オブ・スコットランド』で思いっきり痛々しい拷問受けたジェームズ・マカヴォイくんは、再びエグい修行シーンで身体を張る。『つぐない』でも惨い目に遭ってたし、やってる事いつも同じw 新人レスラーによくある、相手の技を受けてボコボコにされるのが一番の見せ場という事かな。

フロント役モーガン・フリーマンは油断するといかりや長介に見える。ダメだこりゃ。
最強ディーバ(女子プロ)なアンジー姐さんはムダ脱ぎまでしてくれるけど、痩せすぎてどうも老けて見えてしまうのが気になった。

そもそも主人公の属する暗殺者集団は、「1人を始末して1000人を救うのだ」と言いながら、どう見ても「1人殺る為に1000人以上犠牲になってる」んですけど。それでもプロ?

何より団体内での抗争に終始してるので、主人公の覚醒にも爽快感がない。単に、フロントがプッシュした新人レスラーが調子に乗ってブックを壊すという、しょっぱいプロレスになってしまったんではないかしら。

しかも、デスマッチでハードコアな試合ばかり見せられるのがちと辛かった。やはり流血するにも芸が必要だと思うのよ。バイオレンスと鼠、それからホッチキスが苦手な(←それワタシ)方は、お気を付け下さい。


てな訳で、いくらアイディア勝負でもプロレスがしょっぱいとイマイチという場合もある。アクション映画は奥が深いね。
[PR]
by tototitta | 2008-10-16 23:03 | 映画 | Comments(2) | ▲ TOP
プロレス脳で観る映画
(記/minaco.)

少し前に、スコセッシの『ディパーテッド』('07)を観た。リメイク元の香港映画『インタナル・アフェア』を観ていないので、その出来については比較できない。話をアイリッシュ・マフィアに置き換えてあるが、スコセッシ映画でポーグスの音楽がガンガン流れるとは何か妙な気分だった。

警察に潜入したマフィアの手先と、マフィアに潜入した警察の手先。それをマット・デイモンとディカプリオが演じるのだが、ワタシ的にはこの2人の「プロレス」が見ものだったんである。

役者の演技はプロレスに置き換えられる(強引)。その意味でマット・デイモンを見直した。
いわゆる「良いプロレス」とは、攻めも出来れば受けも出来なくてはいけない。デイモンは「良いプロレス」をしていた。
まずはこれまでの人畜無害イメージを裏切って、鼻持ちならないスカしたエリート野郎っぷりを見せる。仕事にも女にも気障で自信満々な態度。これは「攻め」演技である。しかし、その後ボスに対しては弱みを握られ腰の引けたおどおどっぷり。即ち「受け」である。交互にしっかりと相手(グッドジョバーなマーク・ウォルバーグと、レジェンドのジャック・ニコルソン)の技を受け、それを返す。実にメリハリが利いている。そして、負けっぷりが良いのも大事なポイント。

一方のディカプリオは、ずっと「攻め」しかしない。つまり「負けブック」を飲まないのだ。
ディカプリオ得意の技しか出さず、相手の技を受けもしない一本調子な演技は「良いプロレス」とは呼べない。負けるときはしっかりと解り易く負けないと、しょっぱい。
デイモンと並んだが故に、ディカプリオのプロレスの稚拙さが目立ってしまった。この勝負は負けて得する、デイモンの1人勝ちであった。


さて、負けブックを飲まない上に「ブック(筋書き)破り」をするレジェンドが、アル・パチーノである。
近年彼の試合(映画)は売り出し中の若手男優を相手に組まれる事が多いのだが、若手の踏み台になるはずのパチーノがそのブックを尽く破って一人勝ちしてしまうのだった。クリス・オドネル然り、コリン・ファレル然り、マシュー・マコナヘー然り…、結局パチーノが長演説をぶち、美味しい所を全部いただいてしまう。大人げない。観客は若手がレジェンドにどう立ち向かうかを観たいのに、そうやって若手に注目が集まりそうになるとダダをこねて水入りのペットボトルを投げつける、まるで天竜さんなのだ。

そんな空気を読まないレジェンド・レスラーに『インサイダー』('05)で勝負を挑んだのが、ラッセル・クロウである。これはオスカーを賭けたタイトルマッチとして、大一番であった。結果、主演男優賞にノミネートされたのはラッシー。
 
大企業の暗部を告発するラッシーは白髪頭で増量。素顔ではなく、マスクマンとしてリングに立つ訳だ。ガチ・ジャーナリストのパチーノはいつものように、大技もとい大声でまくし立てる。ラッシーは虚ろな目してぶつぶつと低い声で対抗するが、「キレたらこういうのが一番怖いんだよね」と思わせる。
これがラッシーのパチーノ潰しの秘策だったのか。若手がナメられるなら、自分も老ける。大声で怒鳴るなら小声でつぶやく。そして日本料理屋で日本語を話すという反則技まで使うラッシー。これには必殺パチーノ節も歯が立たない(なので他の相手に説教するパチーノ)。
勝負は最後にパチーノが美味しい所をしっかりいただき、両者引き分けといった感じだが、多彩な技を繰り出す見事なプロレスだったよラッシー。アンタは立派なレスラーだ。

とか何とか、映画をプロレス脳で観ると違った視点で愉しめる。良い役者とは良いレスラーと同義である。と言うとドン引かれるかもしれないが、我が家では面白い映画を観ると「良いプロレスだったね」と評する事もしばしば。ワタシは決してプヲタではありませんけどね!
[PR]
by tototitta | 2008-09-03 20:56 | 映画 | Comments(8) | ▲ TOP
時間無制限金網マッチ
(記/minaco.)

d0031385_2265814.jpg
対戦相手

d0031385_228274.jpg
試合開始


d0031385_2285373.jpg

噛み付き&鉄の爪ホールド反則勝ち○





LIVE STRONG

[PR]
by tototitta | 2008-06-15 22:15 | 日々日常 | Comments(2) | ▲ TOP
カペッロ、コパ・アメリカ。プロレス脳的に。
(記/なるほ堂)

暑いですね。盛岡も真夏日、オーバー30℃。
北国乍ら、何故にこの地で「盛岡冷麺」が発祥し人気を博しているのかを、この季節に当地へいらしたならばご理解頂けるでしょう。兎に角、蒸し暑い。

それでも、まだクーラーのスイッチの誘惑に抵抗していますが、
もうダメポ。。。

こんな感じ
「orz」

d0031385_23411551.jpg

イメージ画像/盛岡天満宮の狛犬



そのくせ、そんな時に限って余計な事を始めてしまうのが悪い癖。
デフォルトのブラウザを「Opera」に替えてみたり、WEBで変なアイディアを思いついたり。で、色々とマイナーチェンジを繰り返し、どうにも構造的なアラが隠せなくなったこのブログのスキン。遂に全面変更する事にしました。

只今悪戦苦闘中で公開はもうちょい先になりそうですが、このスタイルも暫くで見納めです。「coming soon 乞うご期待」とだけ。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

さて、話は飛びますが、、、
カペッロがマドリーを解任されたらしい。

それをどう読むかは色々だけど、僕はこれは「カペッロの勝ち」だと思う。
「自ら連れて来たカペッロを信用せずに保身に走り、シーズン中から別の監督(シュスター)に粉をかけていたカルデロン会長。その鼻をあかして見事優勝したんだから・・・ここで辞表を叩き付けて辞めちゃえばカッコいいのに」
──という声もあるけれど、僕の視点はちょっと違う。

カペッロが「辞任」すれば、一番喜ぶのはカルデロンなのだ。
当初の「計画」を容易に進める事が可能になるから。

むしろ、辞任しなかったからこそ──、
これでカルデロンは、裏で内定していたシュスター(噂を前提として書く)と、選手やサポに支持されるカペッロの板挟みになり、結果、
「優勝監督を解任した会長」
という業を背負わされることになった。
「してやったり」
である。

いわば、
本懐を果たして吉良上野介を討ち取った後、しかし自刃、切腹せずに、その処遇を幕府に委ねた大石内蔵助の様なものだ。

結果、幕府は、
「忠義の者たちを処刑した」
として民衆の批難を浴びる結果となった。
それは大石たちの、赤穂藩を取り潰した幕府の沙汰への痛烈な仕返しである。
(カルデロンが徳川綱吉で、SDのポマードさんは柳沢吉保か。)

カルデロンとシュスターは、この重荷に耐えられるだろうか。
彼らはこの先、カペッロの亡霊、「カペッロだったならば・・・」というマドリディスタの声に悩まされる事になるだろう。メディアの覚え宜しいシュスターは兎も角(っていうか、もう逃げ出しそう)、カルデロンは如何に。

ともすれば、かの、
殺害した妻の亡霊に怯える伊右エ門の様に・・・くわばらくわばら。(赤穂浪士繋がり)。


それにしても、
バルサを打ち負かした上で、そもそも自分が斬った訳でもないデルボスケの覚えなき亡霊にも打ち勝ち、加えて会長にも仕返しを果たしたカペッロ。殆ど僕の妄想ですが(栗村修口調で)、改めて惚れ直す。

勿論、彼がこのままマドリッドに留まる事が、ファンや選手にとっては一番だったかもしれない。寂しくもある。しかし僕はこれで良かったとも思っている。
──やはりカペッロは「プロレスの無い国」では愛されないだろうから。
(ちなみにイタリアでは結構プロレスは人気がある。デルッピは藤波や初代タイガーマスクのファンだったとか)

「プロレスの無い国」では、「苦難や痛みを伴ってこそ得られる歓び」に対して耐性が無い。
情熱熱風セレナーデなスペイン人(偏見御容赦)、彼らは目に見えるスタイル、ダイレクトに伝わる熱狂にこそ踊り、しかしその奥底にあるプロセス(=アングル)や苦悩を共にし乍ら、“それを「愉しみ」に替える要領”に欠くと思う。

プロレスとは、
「倒れても倒れても立ち上がらなきゃいけない、たったひとつのプロスポーツ」(北斗晶)
である。
そして「プロレス者」の持つ「プロレス脳」とは──、
“地上の総てを愛し、総てを愉しむ手段”

現実から事実ではなく、
「真実」を掴みとる“究極の博愛精神”。キャッチフレーズは「ものは考えよう」
コップ一杯の水も「半分しか無い」では無く「半分もある」──では、ちゃんちゃら甘い。その上で、「ここは砂漠なのだ」と思えば、更にこの上なく美味しく飲めるではないか。

そんなプロレス脳を刺激して止まないのがカペッロだ。常に誤解され、余計な苦労を抱え乍ら空回りし、敵のみならず何故かいつも味方の塩選手との戦いを余儀なくされ乍ら、、、しかし必ず最後にはリングのど真ん中で勝つ。善し悪しは別に、そこん所への理解が無いと彼の戦いを見ていても面白くないだろう。アディオス。


一方、バルサ
Rマドリーがスペインならではの「死と再生」の性急なプロセスを迎える中、再生を拒み、むしろどんどんと更なる暗黒面へと堕ちてゆく。マグマ。
銀河系に奔るバルサは、僕が見始めてから何度目かの「死の極み」に居る。アンリが来ても、悲しみが止まらなくなるだけだ(ネタ)。

ともあれ、
もうしばらくは、遠い場所から眺めているより他がなさそうだ。でもデコとマルケス、もう少し乗り心地の良い「船」に移籍しないかなぁ・・・。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

さて、もう一つの
「プロレスの無い国」の話。ブラジル。

コパアメリカ緒戦、ブラジルは「プロレスのある国=メヒコ」に敗れた。

打たれる事を、むしろ「勝利への必然的なプロセス」と考えるルチャリブレなメヒコは、ブラジルの猛反撃にも心地良さげ。それは「負を正に変える術」を知らない、ポジティブな情熱に偏り過ぎて結果「負のシチュエーション」では容易に挫けてしまうブラジルとは対照的だった。

メヒコのマルケス、トラドは見事なムーヴを魅せた。モラレスは相変わらずの名ジョバーぶりを発揮し、リング下では「5タイムス・チャンピオン」こと、往年の絶対王者にして現在は敏腕マネージャーに転身したウーゴ・サンチェスの存在が光った。お客さんの期待通りに「守備ではなくFWブラボ投入」を見事に実行してくれたのは、流石にかつて世界を股にかけて活躍した名レスラーとしか。脱帽、脱ソンブレロ。

ブラジルファンとして何が悲しいって、試合に負けただけではなく「面白さ負け」した点だ。メヒコのリングサイドには、他にもブランコやボルヘッティといった面白&名レスラーたちも控えていた。彼らを欠いてもなお、、、である。

終了間際のメヒコのシュート失敗も、
「そこ(=ソルトマニアがニヤニヤと悦ぶ、塩っぱい部分)まで、持っていくか」
と。
──あらゆる面で、負けた。


ドゥンガは落第した。
彼はこの先「ポスト・ザガロ」にならなくちゃいけない人材なだけに、今の状況は宜しくない。
彼の頭の中には、かつて自身が栄光を掴んだ「アメリカ大会のセレソン」があるのだろう。ミネイロ(本家)とシウバ(ロンドン)という守備人間を並べた「ドイス・ボランチ」は、マウロ・シウバと自身がそこを勤めた「ブラジル94」そのものだ。(この日の10番ジエゴが球を触りたがり、結果全く機能しなかった点。それも、94年に10番ライーがそうであったように、このシステムに於ける必然だったのだろう。)

つまり、今のブラジルは世界から13年遅れているのだ。
ドゥンガ同様、監督経験が無いままに代表監督を務めたジーコが、現状のサッカーを外面からしか知らぬが故に、必然的に自分の活躍した時代のスタイル(ブラジル82)を求め、結果世界から24年も遅れた「ジーコジャパン」を造ったのと一緒である。なんとも浦島太郎である。

勿論、これでブラジルもドゥンガも終わった訳ではない。
だがプロレスを知らないブラジル国民は、この苦悩を共に楽しむ事を拒むだろう。プロレス者としてそこは心苦しいが、しかし、僕もCLのユナイテッド戦に於ける「ミスター7失点」ことドニだけは外すべきだと思う。味方のゴール前にあんな「いじめて君」みたいな顔が居たら、怖くて戦えない。


といったわけで、いつの間にかユーロやW杯並にボリュームのあるエントリーをアップしてしまった今日。暑いし、忙しいのに全く何をしてるんだか。。。

でも明日はアルヘンが登場する。
実は今一番「銀河系」なんじゃないかと思えるアルヘン代表。また色々と想像心を刺激されちゃうと、時間を削っても書きたくなっちゃう衝動が。苦しくもあり、しかし歓びでもあり・・・これもやはり「プロレス者」の宿命なのか。そうなのか。
[PR]
by tototitta | 2007-06-29 00:40 | サッカー全般 | Comments(2) | ▲ TOP
『アポカリプト』もガチ
(記&絵/minaco.)
d0031385_2204134.gif

イラストを連載させていただいている『この映画がすごい!』最新号に、「映画界ガチ男列伝」という特集が組まれてて驚いた。
──ついにガチ・ブーム到来か?!我等がネオ・ガチの啓蒙活動の成果か?!
そこに挙がった名前(ヘルツォーク、テレンス・マリック、メル・ギブソンなど)も、至極真っ当な人選である。
興味のある方は書店でぜひどうぞ(←宣伝)。

で、やはりメル・ギブソン(略してメルギブ)はガチだった。でも例えガチ・ブームが来ても、(チラシのコピーにある)マヤ・ブームは来ないと思うぞ。

『アポカリプト』でのマヤ文明に関する考証が、怒りを買ってしまうのは理解できる。でもあえて、ここでは目をつぶりたい。
『300』が「これはグラフィック・ノベルですから!」という事で不問に伏したのと同じように、
「メル・ギブソンはプロレス脳ですから!」
という事で勘弁して欲しい。実際観てるとインカとかいっそマオリとか、先住民族ならごちゃ混ぜにしてないか?と思うのだが、オーストラリア出身メルギブの頭の中では同じようなもんなんだろう。全編マヤ語といっても、何が正しいか解りゃしないし。

とにかく、私としてはこの映画をプロレス脳で観たんである。
ジャングルを襲撃され、捕われ生贄にされそうになりながらも、妻子の待つ村へと逃げ延びようとする男のサバイバル映画。
ええガチでした。ガチでしたとも! 
何しろ「恐れるな」、「やるしかないでしょ」という、ガチの2大原則がほとばしってるんだから。(以下多少ネタバレ含みます)


冒頭のショッキングな狩猟から、生贄のシーンまで問答無用、残酷非道の限りを見せつけるメルギブ。村を焼き討ちされ、「死に損ない」と嘲られ、蹂躙され、とても観ていられない仕打ちを受ける主人公。映画の3分の2辺りまでそれは続く。いつになれば反撃するのか、逃げ出すのか、と我慢も限界、長すぎる。フツウ、引く。
思えば前作『パッション』も、キリストがクギ鞭打たれ、茨の冠で十字架背負い石投げられ、磔とされるまで直視できない程痛すぎる受難がひたすら続いた。

でもそれは、リングで小橋建太が相手の無茶な大技を受け続けるのを見るに耐えない、と言いつつ見届けるファンと同じだ。
そんなに技を喰らってるのを見て、「小橋は弱い」と勘違いする人間もいるだろうが、メルギブは違う。「受けて」こそプロレスだと解ってるのだ。
全部受けてこそ、王者。逃げずに受け止める、それがガチ・レスラー。(サイドに逃げずにペナルティボックスで勝負する、それがガチ ・ストライカー)

そういう意味で、我が家ではキリストこそ最高のプロレスラーだと解釈している。
人は奇跡を起こしたか否か、結果(=事実)において判断しようとするが、プロレスは勝ち負けじゃない。キリストはその究極の「受けムーブ」でレジェンドとなり、人々の心を掴んだ。事実を超えて真実になった。大事なのはそこだ、とメルギブも言いたかったんではないかと。即ち、それがプロレス脳。
数あるキリスト映画の中でも、その「本質」のみに拘って見せた『パッション』は、だからこそガチの作ったガチ映画だった。

そのガチ演出は『アポカリプト』でも顕著だ。
主人公が生贄とされる寸前に見せた据わった眼つき。開き直り、恐怖を克服した時、男はガチのスイッチが入るのだ。
さあ逃げるぞ、と反撃に転じてからが面白い。敵のヒール役も顔といい演技といい、本当に嫌になるほど極悪で素晴らしかった。
サバイバルも逆境に次ぐ逆境、矢が刺さったままジャングルを走り、開けた視界の先には滝つぼが!

余談ですが、「滝映画」というジャンルがあるとして(『ミッション』とか『ナイアガラ』とか)、そのひとつが『逃亡者』(' 93 )。ハリソン・フォード扮するキンブル医師が、追い詰められたダムの滝を背に必死で「無実」を訴える。それに対し、追跡者トミー・リー・ジョーンズは「そんな事は関係ない」と淡々と答え銃を向ける──そんな名シーンがあったのを思い出す。

この映画でも、滝のシーンは出色である。
主人公が滝に飛び込むのはいいとして、追っ手まで飛び込むか。
しかも追っ手のボスは、手下が「じゃあ、滝を避けた下の道を」などとしょっぱい事を言った途端、そいつをグサリ。正に ”やるしかないでしょ” なガチ・ムーブ。

・・・アンタら狂ってるよ!おかしいよ!!
だが、相手が大技断崖式バックドロップを出せば、こちらも同じ技で返す。それがガチ・プロレスラー。敵さえもまた、ガチ。
小橋対佐々木健介のチョップ200発試合を彷彿とさせる、プロレスの真髄がそこにあった。もう、このシーンだけでお腹一杯。

一方、主人公も追っ手を1人ずつ始末するのがいい。しかも同じ技は2度使わない(しょっぱいレスラーは同じムーブしか出来ない)。その手があったか!と相手も唸る試合運びだ。
更にタイムリミット設定があり、場外フルカウントが迫る。そしてボスとのタイマンでは、冒頭の伏線が帰結する。惜しむらくは、これを最後のバトルにして後の海辺のシーンは無くても良かった。

映画監督メルギブはプロレス脳のガチ。好きか嫌いかで言えば、決して好きにはなれないし、人に薦める映画でもないけど。
何しろ、ガチは人をドン引きさせるもお構いなしですから。

あ、でもしつこいようですが、ワタシはプロレス・ファンじゃありません!


〜おまけ〜

先日の『300』の記事で ”真田軍凄いよね”と書いたら、今夜のNHK「その時歴史が動いた」でそのお話をやっていたではないか!こわっ。
以前ボクシング亀田戦の日に伝説のボクサー白井義男の話をやってたし、今回もきっと『300』を意識したに違いない…。この番組もまた、ガチ。
[PR]
by tototitta | 2007-06-27 23:04 | 映画 | Comments(2) | ▲ TOP
300って
(記&絵/minaco.)
d0031385_2222313.gif

『300(スリーハンドレッド)』が凄いらしい、いや凄い事になってる、という噂があちこちから入ってきて、当初『アポカリプト』の方(どうやらしょっぱいらしいが)に期待してたワタシも予定変更、やっと観て来たんである。メンズ・デイに。

キーワードは、「オトコ祭り」、「筋肉」、「赤パン一丁」、「重装歩兵」、「ヘビー級セクスィー」、「(ラグビーの如き)肉弾戦」、「グラフィック・ノベル」、「バトルロワイヤル」、「燃え」、「血と汗と涙とバイオレンス」、はたまた「北斗の拳」、「ビリーズ・ブートキャンプ」・・・。
およそこの季節にむさ苦しいまでの、燃えたぎるアツさである。これだけ揃ったら行かねばなるまい、と千円札を握り締める自分は、まるでストリップを見に出かけるオヤジだ。

史実に詳しい人ならツッコミ所は多々あるに違いないが、歴史に疎い私は「スコティッシュがスパルタ王レオニダスでいいのか?」(いいのかも)くらいしか思いつかなかった。でも髭を蓄えたジェラルド・バトラーはそれなりに王に見える。
というか、このレオニダス王ときたらプライドの高さと強情さが、ロイ・キーン並み。いちいちキーンさんもこんな事言うよなあ、と思えちゃって仕方ない。すると巨大なペルシア相手に挑む少数精鋭スパルタ軍が、巨大なプレミアに挑む小さな戦力サンダーランドにかぶってしまうから困ったもんだ。

その他。
登場するすべての老若男女は、顔もカラダの筋肉も、隈取りメイクでセピアカラーの映像に映える陰影を施されてるのが凄い。
戦闘シーンの血飛沫は、深紅のバラが舞い散るような(そういう漫画あったような)優雅な美しさ。バイオレンス描写も同じフランク・ミラー原作『シン・シティ』に比べたら、ずっと平気。
でも、セルヒオ・ラモたんみたいな血気盛んでカワイイ新米兵士の最後は悲惨すぎ(ツメが甘いからだけど)。
赤と黒がシャープなタイトルバックは『ホステージ』と似てて、こういうのが今のトレンドなのかしら。好きだけど。

フォーメーション重視の組織プレイではあるが、戦い方は泥臭い。
但し、第1ステージ、第2ステージ、と敵がグレードアップ(その度コスチュームも変わる)してゆくのがミソ。
サイが出てきた時は吹き出したけど、奇襲あり、ジュニア対ヘビーの無差別対決あり、ヒールもミゼットもあり、しかも間にちゃんと女子プロレス(ディーバ)も挟んで、メイン・イベントは団体を賭けたエース同士のタイトルマッチ。
つまり、プロレスとしてはなかなか良い「スパルタ軍対ペルシア軍」テルモピュライ興行だったと思う。


でも。
燃えない。どういう訳か、ハートに点火する事無く終わってしまった。
日頃ガチばかり観すぎて、ちょっとやそっとじゃ不感症になってしまったんだろか。
カッコイイにはカッコイイんだけど、オトコらしいにはオトコらしいんだけど、燃えない。

むしろ、スパルタ軍に加勢しようとして「お前らは所詮アマチュアだ。俺たちゃプロの戦士だぜ!」とむげも無く断られちゃったギリシャ兵の鍛冶屋や彫金師らの方が、ワタシにはツボだった・・・。
ぶっちゃけ、森のオランウータンの覇権争いの方が燃えた(クサシ…)。
そんな自分が淋しい。どうなのよ自分。

そもそも、彼らはスパルタ教育のエリート戦士。エリートにはエリートらしいプライドと美学があるけれど、ワタシって農民一揆とかアウトローのヤケクソなシチュエイションの方が燃えるのよね。
どもやらマチズモの好みが違うらしい。ロドリゲス映画の破天荒なマチズモに完全K.O.されるワタシでは、求めるものが違ったらしい。
評判のレストランに行ってみたら、「お客さん、入る店を間違えたんじゃないの?」とミもフタもなく断られた気分だ。申し訳ない。悪いのは自分だ、文句は言えまい。

そんな訳で、何だか自分の嗜好性がどんどん世間と離れてゆくようで、ちょっと情けなくなったりしたんであった。
農民一揆・・・(いや、例えばですけどね)大丈夫か、自分。

ところで、100万人のペルシア部隊VSスパルタ部隊300人は結局負けちゃうけど、第二次上田合戦での3万8000人の徳川軍VS2000の真田軍は、真田が大勝利してるんだそうな。
それって凄い。
[PR]
by tototitta | 2007-06-24 22:43 | 映画 | Comments(6) | ▲ TOP
LINKS
・ Mercedes's Diary
・ おかず横町
・ デジカメのいろいろ
・ 今さらながらの○○修行
・ 春巻雑記帳
・ 塔とゆりかご

映画
・ NAWOWOW
  NAWOKO KAWAMURA'S PORTFOLIO

 Football
 ・ CALCIO馬鹿のたわ言。
 ・ 【別館】Black Swan of Ukraine
 ・ ファーポコ
 ・ A.C.MILANを斜め読み

 鹿島アントラーズ
 ・ オフィシャルサイト
 ・ Red-Deer's Diary
 ・ My Soccer Diary
 ・ やわらかな風に包まれて
 ・ はいっ、おばさんは遠隔地鹿島サポです!

 レノヴェンスオガサFC
 ・ オフィシャルサイト


OTHER ROOMS
WEBSITE SPIN-OFF

・ ABOUT US
・ CONTACT