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イラストレーターMinacoとなるほ堂が、サッカーのこととか、映画のこととか、日々日常に関して、その情熱の総てを地球にぶちこんで叩き付け、戦い挑み、愛を説く日々の記録。
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“Van The Man” <其の8>
(記/minaco.)
ようやく最終回です。

08
マンチェスター・ユナイテッドは、ホームで毎試合およそ7万人を集める。そして、その中にはいつもレオンティンがいる。ルートは後半残り20分で出場した。試合は0−0に終わった。
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    【オールドトラッフォードのトンネルから程近くの席で、レオンティンが観戦しているところ。チャンスが来れば立ち上がり、クリアされると溜息をついてまた座る。周りのユナイテッドファンと同じように。
    試合が終わり、選手達がトンネルを引き揚げて行く。彼女は黙ってそれを見つめている。
    試合後、選手駐車場には大勢のファンが待ち構えている。いつものようにルートは彼らにサインし、自分の車へ向かう。】
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◆          ◆
0−0。スコアレスドロー。タイトルは不可能。そして、物事が悪くなった時の事に思いを巡らす。ファーガソンは彼の最高のストライカーをカーリングカップ決勝のベンチに追いやり、プレイさせなかった。
    【帰途に就く車の中。ルートは夜のマンチェスター市街を運転しながら、インタビュウに答える。】
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「あれは本当に傷ついた」

── 君は説明を求めなかったの?
「うん。何をしたって気持ちは晴れないさ。起きた事が事実で、それが現実。その後…何を訊けっていうんだ。答えは……もう、済んだ事だよ」

──元には戻せないのかい?
「(首を振って)…ああ」

── 来年もマンチェスターでプレイする?
「答えるのは無理だよ。俺はいつだってここに戻りたいさ。何も問題がなけりゃ。
俺のファンやクラブへの気持ちを変えるものなんかない。永遠にそんなものはない。
永遠にね。どうやっても
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    【前を見つめ言葉に詰まりながら、唇を噛む。オレンジ色の街灯のせいか、涙目なのか、目が赤い。
    車は住宅街にある自宅に到着。カメラは中まで入らない。煉瓦造りで英国風2階建ての家は、暗く静まり返っている。車から荷物を降ろし、ルートは玄関を開ける。】
「ただいま」
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◆          ◆

ファーガソンが事態を悪化させた。プレミアリーグ最終戦の直前、彼はルートに荷物をまとめろと言った。もはや、ベンチにさえ彼の居場所はなかった。その瞬間ストライカーは混乱し、激怒した。
彼はどんなプレスとも接触を避けた。話す事が全部間違って取られた。
2週間後、スイスでのトレーニング・キャンプでルートは少しだけ話してくれた。

    【オランニェの練習場にて。ルートが答える。】
「俺はクラブでベストシーズンの一つを過ごしてたんだ」

── でも、ファーガソンによって追い出された。それとも、君が出て行ったの?
「彼に“出て行け”って言われた」

── その時の君の立場を我々はどう書けばいい?
「あの時、俺は1人ぼっちだって気がしたよ」
マンチェスターに戻っても、何ともならないようである。彼は他のチームでプレイしようとしている。誰もが今、ストライカーの後を追いかける。
「ああ、有り得る。それは有り得るな」

── この5年間の終わり方としては、相応しくない結末だ。
「これが俺を強くさせるんだ。選手としても、人間としてもね」

ルートの将来はイングランドにはない。しかし、すべては不確かだ。彼自身にさえも。彼はそれについて考えたくない。ワールドカップが終わるまで。
キャリアのクライマックスであるワールドカップが終わるまでは。
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〜完〜


─────────────────────────────

【付記】

未だに、当時の事をワタシはよく憶えています。

ユナイテッドでの最終シーズン(2005-06)、ルートはリーグで21点を挙げ2度目の得点王も狙えたけれど、チームはチェルシーに大差を付けられてタイトルを逃しました。

フレッチはキーンに公然と叱責され、ロンは悩みの種で、フィルがそれを叱咤し、ギグスはCHをこなし、ルーたんはしばしば退場し、リオは時々ポカをやり、スミシーが大怪我を負い、ブラウンは相変わらずで、ポールさんは目の病気で離脱し、オーレは長いリハビリに耐え、キーンが突然退団し、ギャリーが新主将となり、グレイザー一家がクラブを買収した後ファンは懐疑心に揺れ、ファーギーは批判され、おシェイはおシェイでした。そして、ジョージ・ベストがこの世を去りました。

何もかも激動した時代の変わり目であり、我々にとって近年で最も辛い時期でした。信仰を試されたかもしれない。けれど、そんな中でもユナイテッドがホームのチェルシー戦でファンのプライドを満たした最高の勝利は、モスクワでのCL決勝以上に忘れられません。

そのゴールを挙げたのは、フレッチ。
その時、キャプテンバンドを巻いたのがルートでした。

すべて終わってしまった事。そもそもルートが初めての殉職ではないし、最後でもない。だけど、このドキュメンタリーは、その後ずっとワタシの心の支えになりました。

事実において、ルートの5年間がユナイテッドファンにどれ程の価値があるのか解らない。ただ、彼がクラブの歴史を悉く勉強し、チームのデータをすべて憶え、ファーギーに手紙を書き、どん底の時期に5試合キャプテンバンドを任されファンに誠意を示し、キーノの引退試合に立ち合わせてもらえず酷く悔やんだ事。数字や記録には一切残らないけど、それこそがワタシにとっての真実なのです。

ああ、今更未練がましくてすみません。
こんな真夏に暑苦しくてすみません。
長々と痛くてすみません。
でもお盆だし、ユナイテッドの新シーズンが始まる前に、オールドトラッフォードを彷徨う殉職馬の魂を供養しておこうと思って…(嘘)
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by tototitta | 2010-08-20 21:05 | Ruud van Nistelrooy | Comments(9) | ▲ TOP
“Van The Man” <其の7>
(記/minaco.)
ユナイテッドも開幕ですが、あと少しだけ続きます。

07
    【PSVで、オランニェで、黒ルートとなった場面の数々が流れる。ルートは語る。】
「俺についてのコメントを聞くと、“彼はナイスガイに見えるけど、実はそうじゃなくて…”
でも、何を今更。俺は俺だよ。穏やかな時もある。でも、怒る時は本当に怒る。それもまた俺の一面、一部だよ。否定する必要ない。俺には当たり前の事だよ。まあ、それをコントロールしなきゃな。

例えば、アンドラ戦でプレイした時。あれは本当にイラつかせられた。凄くムカつく連中だった。…ほんとはそんな人達じゃないけど、でも連中のプレイはそうだったんだ。特にあの男…


    【ユーロ2004予選のオランダ対アンドラ戦。敵にバカにされたので、ザマアミロと仕返ししてやったゴールパフォーマンス。負けてるのに途中でアドフォカート監督に下げられ、ベンチのペットボトルを蹴り飛ばしてキレたチェコ戦。】d0031385_21212296.jpg

    「フラストレイションの正しい表現じゃないとは思うよ。挑発はマシな方さ。挑発的にされたら、そういう事はよくある。チェコ対オランダの時もそう思った。俺はフラストレイションが溜まってた。で、ボトルを蹴り飛ばしちまった。アドフォガートにそういうやり方で表現したのは良くはなかったよ。それには原因もあったけど。

    終わってから、俺はアドフォカートにあんな風にされた事に感謝したよ。彼はそれが勝者のメンタリティからくるものだって解ってくれたんだ」
    *その後、予選で1試合外された。次のプレイオフ、スコットランド戦で復帰し、ハットトリックを決め、オランダはユーロ2004出場権を獲得。

    ◆          ◆

    夢の劇場。マンチェスター・ユナイテッドは、Geffen出身のルートを欲しがった。すべては順調に見えた。だが、ユナイテッドのドクターはルートの膝の手術を保障はしなかった。移籍は一時ストップ。ルートはウンザリする。彼はユナイテッドのドクターに、間違いだと証明したかった。そして、心から(地元開催の)ユーロ2000に出る夢を叶えたかった。彼は落ち込む…かなり落ち込み、深く深く落ち込んだ。
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      【PSVの練習場で、ヘディングして着地した途端崩れ落ちるシーンが流れる。右膝を抱え、大声で叫ぶルート。元々膝を痛めていたのに、無理にプレイを続けたせいで怪我は深刻化したのだった。】
    アメリカで手術とリハビリが行われた。

      【当時の映像。コロラドにあるホテルの一室。傍らにはレオンティンがいて、彼の膝の手術痕を心配そうに覗き込んでいる。カメラに向かって、ルートは言う。】

    「ハロー!これが俺の膝、そしてこれが俺の頭!
    そう、タオルは投げるなよ。俺達は闘い続けるぜ」
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    ルートはコロラドのVailから、サー・アレックス・ファーガソンに手紙を書いた。彼はまだユナイテッドへ移籍の望みを捨てていなかった。*この時、ファーギーはわざわざコロラドまで見舞いに来てくれた。
    <ファーギーへの手紙(下書き)> 

    「親愛なるファーガソンさんへ。
    その後順調に回復している事を是非お知らせしたくて、コロラドより手紙を書いています。今のところ、膝の状態は良好です。
    どうぞ良い休暇をお過ごし下さい。僕も来年こそマンチェスターへ行くのが待ち遠しいです。云々」
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    そして、1年が掛かった。ルートはオールドトラッフォードでデビュウを果たす。1年目からサー・アレックスとの絆は堅かった。ルートがGeffenにあるMaria Magdalena教会で結婚式を挙げた時、そこには数人の重要なゲストがいた。多分、その中で一番特別なのは、サー・アレックス・ファーガソン。
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    しかし、今年(2006)の2月。カーリングカップ決勝から、それは上手く行かなくなった。ルートはファーガソンに屈辱を味わされた。彼はチームに居なかった。プレイするのを許されなかった。
    ユナイテッド優勝の笑顔。ギャリー・ネヴィルがカップを掲げた。ファーガソンも笑顔、選手みんなが笑ってる。ただ1人、ルートを除いては…。これでジ・エンド。

      【カーリングカップ表彰式の写真。“For You Smudge”のTシャツを着て喜びに沸く選手たちの陰に、呆然としたルートが見える。】
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    ◆          ◆

      【自宅にて。フットボール日記を読むルート。】

    “One Life, One Love…
    ゆっくりとハイウェイを下る。誰もが大急ぎで通り過ぎて行く。そして、穏やかなまま。君が傍にいないのが辛い。俺はこの地を離れようとしている。”
    …うん…」
    * 何かの歌詞なのか、自分のポエムなのか不明。

      【U2の『One』をバックに。マンチェスターの街並み、窓に掲げられたバナー、オールドトラッフォードに向かうファンの群れ、メガストアで売られるカード。10番のユニを着た子供。それらの映像がカットバック。】
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    U2-one(ガチのテーマソング)♪

    ~続く~

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by tototitta | 2010-08-16 21:36 | Ruud van Nistelrooy | Comments(4) | ▲ TOP
“Van The Man” <其の6>
(記/minaco.)
プレミア開幕しましたが、もうちょっと続きます。

06
1年後、ルートはPSVへ移籍した。

    【ルート、語る。】
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「ほんとはPSVに行く前に、もっと長くヘーレンフェーンでやるべきだった。基本を身に付けてトップに行くべきだった。そう、トップレヴェルに辿り着いた時ちゃんと出来るようにね」

──でも、彼らは君をPSVに行かせた。史上最高額で。
「とりあえず行かせたんだ」

──10万ギルダー(当時)で。
「うん、馬鹿げてるよな。でも正直言って、金の事なんか本当に考えなかった。俺にとっちゃそれ以上に、“俺はPSVでプレイできるんだ!ジーサス…なら、勿論!”って」

──全然考えなかったの?
「ああ。PSVでプレイできるって事の方がもっと重要だったんだ。もっと強くなれる、自信を与えてくれる。彼ら(PSV)は本当に良く面倒を見てくれた。俺はトップレヴェルへ行こうとしてる、だから多分、そうなれる…」
    【PSV時代の試合映像が流れる。】
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アイントホーフェンでは厳しいスタートの後、ルートは良いストライカーとなるスタートを切った。性格、情熱、ファイティング・スピリットが彼の最大のモットーとなる。彼は更に得点し続け、更に磨かれていった。やがて彼は、代表チームに適う能力を身に付けた。
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◆          ◆
母親によると、ルートの最も美しいゴールはアヤックス戦、アムステルダム・アレーナだった。
    【ママは語る。】
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「私には上手くいかない時期だったの。手術を受けなくちゃならなかった。日曜日、ルートはアヤックス戦があった。同じ日、私は手術して、あまり見込みが良くなかった…」

「あれは素晴らしい瞬間だったわ。後で新聞を見たら、こう書いてあったの。
“おお、彼を見てごらん。あの感情を…”
私はベッドで横になって、思ったの。“知ってたのね…”
でも、その瞬間はとても素晴らしいものだった」
    * どうやら訳あって息子に手術の事を隠していたらしい。ママは今も新聞に載った写真を傍らに飾ってある。
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◆          ◆

    【再び、フットボール日記を読むルート。】

「どうやったら“真の”良い選手になれるか…国際大会のトップ、代表チーム、そして……」

──どういう意味?
「もしかしたら次のクラブ…。この“……”は、ヨーロッパのトップクラブの事かな。うーん…。PSVよりもっと大きなクラブへ移籍する姿勢。
“自信、強さ、今日は止められない”
それがもっと大きなクラブとしての選手の振舞い方。俺は金とか、違う見せかけなんかはいらなかった。でも、他人は自分の事を違う風に見てるんだって感じてた。そして同時に、俺はある種の理想を求めてたんだと思うし、そういうものを信じてたんだと思う。自然じゃないって、そう思ってた」
<フットボール日記より>
“ポジティヴ。努力し続ける事。エール、ルール、ヘルプ。止められない姿勢を持て。誰も今日の俺を止められない。自信。クール。シャープ。タフ。意味。だから、そうしなくちゃない…”
「ハハ、凄く甘いね。思い出せないなコレ…。アハハ、珍しい…。俺、こんな事どうやって考えてたんだ?」

──君が書いたんだよ。
「うん、解ってる。ああ…」
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〜続く〜

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by tototitta | 2010-08-15 21:45 | Ruud van Nistelrooy | Comments(0) | ▲ TOP
“Van The Man” <其の5>
(記/minaco.)
お盆真っ只中ですがしつこく続きます。

05
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ルートの最も美しい写真の一つ。17歳の時、母が撮ってくれた。FCデン・ボッシュ(当時は2部)でのセミプロ時代だ。真新しい白のユニフォーム。広告も入っていない。それはまるで、若きストライカーが誕生するかのように見える。

    【デン・ボッシュ時代の試合の映像が流れる。】
ここは、彼がプロとして初めてゴールした場所。FCデン・ボッシュでのゴールは、17歳の時だった。彼はスペースを探し、ボールは彼の元へ。そして素晴らしいゴールを決めた。ルートはパスをくれた仲間と一緒にセレヴレイションをしようとした。だが、その仲間は彼なんて眼中になかった。
「Ruud van Nistelrooijって誰?」
彼のコーチ、Kees Zwambornはルートを開眼させた。

    【ルートは語る。】
「彼は俺に多くの事を考えさせてくれた1人だよ。
“君はファースト・ディヴィジョンでプレイできる。ファースト・ディヴィジョンに行かなきゃダメだ”って言ってくれたんだ。“どうすれば上達できるか、君自身のために書いておきなさい”って。それまで俺はそんな事全然思ってなかった」
だが、彼はその時からそうしたのだった。ノートを作り、書き貯めた。

    【「フットボール日記」を読むルート。*日記の内容はコチラ 参照。】
「ハハ…1997年か…(溜息)。選手としてもっと巧くなるように準備してたんだな。上達する為に出来る事を書いておいた。そんな選手になりたければどうするか。で、こういう事をその時書いてたんだ…。これを読むと、可笑しいね」

◆          ◆

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彼の祖父Hasje van Niftrikは、永遠にインスピレイションの源だ。
“Don't be afraid of The Devil ”
祖父がよく話していた事だ。そしてルートの求めたものでもあった。祖父は、孫がヘーレンフェーンAbe Lenstra'sでプレイするまで存命だった。そして、そこがルートの試練の始まりだった。

    【自宅、生活感丸出しの狭いキッチンにて、ルート語る。】
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「フォッペ(・デ・ハーン)監督が言ったんだ。“ニステルローデくん、話があるから私のオフィスへ来たまえ”。ハハ…」

──ファン・ニステルローデ…?
「そう、そう言ったよ。”行き詰ってるようだが…違うか?”って。だから俺はこう答えた。
“いや、順調っすよ。正直言って”
“いいや、ここ数試合お前は良いプレイをしてない。レヴェル以下だ。少々たるんで楽してるぞ”

チェッ…俺は全然そうは思ってなかったのに。

それから最初のホームゲームが来て、NAC戦の時だ。ある日、試合前に出場メンバーのラインナップが渡された。でも、そこには10人しかいなかったんだ。ストライカーのポジションがまだ空いてる…。その頃ルーマニアから来たGusatoっていう仲間もいて、そこでプレイしてたんだよ。で、監督が言った。
“これがチームだ。ストライカーのポジションは私が明日決める。まだそれについては未確定だ”

ってことは、俺になるか、Gusatoになるか…うわ、やべえ。家に帰って、夕方も夜もずっとそれを考えてたら止まらなかったよ。俺がそこでプレイするか、それともしないか…いやそれともするか…それとも…。
そして、俺はプレイした。その時から、俺は本当に成長することになったんだ」

    【ヘーレンフェーン時代のプレイ映像に、ルートのフットボール日記がシンクロする。】
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〜続く〜

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by tototitta | 2010-08-14 21:30 | Ruud van Nistelrooy | Comments(2) | ▲ TOP
“Van The Man” <其の4>
(記/minaco.)

04
ルート少年はもっと高いレヴェルを目指していた。彼は“Margriet”というクラブでプレイするために、より大きな町Ossへ向かった。
    【パパ、語る。】
「Margrietのユースは高いレヴェルでプレイしてた。そしてルートはひたすら野心的で、そのレヴェルについていけるのか知りたがってた。1年間、あいつは自転車でOssに通ったよ。私達は忙しくて、送ってあげられなかったものでね」
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    【ママ、語る。】
「小さな村だって知ってるでしょ。住民達は選手がNooit GedchtからMargrietへ行くなんて、おかしな事だと思ってたわ。でも、あの子は本気でそうしたがってたの」

    【そしてルートは語る。】
「俺はクラブの秘書の所へ行った。彼も俺達と同じ通りに住んでた。中に入って、“移籍したいんですけど”って言ったよ。
それは凄く大きなステップだったんだ。彼は不満だったけど。こう言われた。
“何故だ。お前は他の子より巧いとでも思ってるのか?”
それを聞いて良い気はしなかったさ。でも、理由なんかない。俺は自分の為に移籍したかったんだよ」
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◆          ◆

    【Margrietの練習場でトレーニングする当時の映像が流れる。ビデオカメラに向かって、1人ずつ自己紹介をする。まずはGK。次にルート少年。】

「ルート・ファン・ニステルローイです。14歳です。Margrietでプレイしてます。今、6ヶ月目です」
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彼は10番を付けている。最年少だった。そして最高の選手だった。

    【ママが撮影した試合の映像。自分でもらったFKを蹴るルート少年。ボールは壁を越えてゴール右隅へ、GKは動けない。その後もロングボールをトラップし、追加点を決める。セレヴレイションの仕草が現在と同じ。】



    【ママが語る。】
「あの子はずっとプロ選手になりたがってたの。最高の選手に。小さな頭でそれを考えてるので、私はいつも励ました。決して笑ったりしない。決してね」

〜続く〜

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by tototitta | 2010-08-12 21:11 | Ruud van Nistelrooy | Comments(0) | ▲ TOP
“Van The Man”<其の3>
(記/minaco.)


03
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    【マンチェスター郊外にある、数ヶ月前に買ったばかりの自宅にて。ルートは2階の狭いトレーニングルームへ案内する。そこには沢山の思い出の品やトロフィーがある。
    数々のマシンやバーベル、サー・マット・バスビー賞などのトロフィー、大きく引き伸ばした写真、記念のユニフォームとブーツ、そして額装されたユナイテッド・トリニティのサイン入り写真。
    ルートは、立てかけた写真の中から一枚を取り上げる。】

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「俺の一番美しい思い出だよ。この写真は、ユーロ04準々決勝ポルトガルで撮ったもの。スウェーデンとのPK戦の後だ。ロッベンがちょうど最後のPKを決めた。あいつはコーナーフラッグに走って、俺達もそれを追ったんだ。

そしたら、その瞬間に起こった事なんだよ。俺の弟がメッセージを書いてくれた。この写真を撮った直前、俺は仲間と歓声を上げて、オランダファンに埋め尽くされたスタンドを見たんだ。何千人もの人がいたんだけど、でも俺は自分の弟とすぐ目が合ったんだよ。弟はこの辺にいた。試合の後、お互いに電話で話したんだ。
“直接目が合ったよな!” “うん、お前が見てたの解ったよ!”

そして、弟はこの写真に美しい言葉を書いてくれたんだ。
“Faro, 26th of June 2004.
You saw me, I saw you.
A magical feeling. Your brother”
ゴールデンブーツだろうが、他のトロフィーと比べものにならないよ、これには。自分の弟と同じ気持ちを共有したって事なんだから。これは最高に美しい事だよ」

◆          ◆

彼の母親Ann van Niftrikは、Nistelrodeにあるブティックで働いている。ルートの(その後妹Annekeが)生まれた場所のすぐ近くだ。メイクを終えたAnnは、ちょっと意外な話をした。(* 両親は9年程前に離婚している)

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──ルートがプレイしたがってたクラブはどこ?
「アヤックス。あはは…あの子が小さい頃は、アヤックスにとても行きたがってたの」
── 好きだった選手は?
「マルコ・ファン・バステン」
──小学校の頃、ルートはどんな子でした?
「そんなに手を煩わせなかったって、先生は言ってたわね。他の教科より、もっとスポーツに興味があったって…」
スクール・レポート(日本で言う通信簿)より。
<ルートは活発な子で、同時にセンシティヴな性格だ。最初のクラスではとても人気者だったけれども、他のクラスメイトとあまり付き合おうとはしない。彼のシャイな性格は、先生との付き合いも避けていた。しかしながら、彼にはかなり注意と確認が必要である>

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◆          ◆

    【自宅のキッチンで語るルート。】
「その頃、俺は自分のしてるトレーニングの事でほんとに悩んでたんだ。俺達の指導者はトラックの運転手だった。仕事が終わった後、彼はまっすぐトラックで来る。俺達には“こっちに6人、あっちに6人、ミニゲームをしてろ”って言って、そのトラックで行っちまう。

俺は思ったよ…“ここで何してる?”ってさ。
俺はこの状況が不満でたまらなくて、本気でトレーニングできるとこを探してたんだ」

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〜続く〜

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by tototitta | 2010-08-11 22:19 | Ruud van Nistelrooy | Comments(2) | ▲ TOP
“Van The Man” <其の2>
(記/minaco.)

<其の1>はこちら

02
    【オールドトラッフォードにて。】

“De Biezen kamp”フットボール場でのルートは、20年経ってオールドトラッフォードに居る。ストライカーは我々にスタジアム・ツアーをしてくれた。

ルート「もう次のグループが待ってるね…今行ってもいい?」
    【オールドトラッフォード内の様々な部屋を案内するルート。ちょうど、ツアーに来た小学生の団体が扉の向こうで待っている。彼は子供達を1人ずつ迎え入れる。】
「やあみんな、ツアーはどうだい?楽しんでるか?」
「さあ入って入って」

    【子供達はカメラを向けたり、何故こんな所に居るのかといぶかしげに覗き込む。ふと、列の中に青いユニを見つけたルート。】
ルート 「おい、何だそれ」
子供  「チェルシーだよ」
ルート 「ハハハ!」

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    【あっという間に人だかりとなり、引率の先生にまで写真を撮られながら、「今、インタビュウされてるところなんだ」と説明する。】

    【続いて、ドレッシング・ルームへ。ルートはツアー客が出てゆくのを物陰からこっそり確認し、次に来るグループの為ドアにストッパーを挟んでやる。すれ違う人々が何事かと驚いた顔で振り返る。】

──これが君のドレッシング・ルーム?
「そう、ここだよ。今、写真に撮られた…ハハ。ここが俺の場所」
    【突き当たりにある自分の席に腰掛けるルート。それぞれの場所に、顔写真が掛けられている。】
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──ああ、君はギグスの隣だね。
「そう。そしてスミスは今怪我してるけど、ルーニーがここ」
    【廊下では次々にサインをせがまれる。1人の男性に頼まれ、ユニフォームにサインする。】
「君に?」
「いいえ、チャリティーです」
    【ユニを渡した後、ルートは念を押して笑う。】
「ほんとにチャリティーだな?君のじゃないぞ!」

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◆          ◆

    【ピッチの方へ進むルート。】
「ファーガソンのオフィスを通り過ぎて、ここの後ろのね。そしてキャプテンが先頭に居る。ビジターのドレッシング・ルームがあって、そのチームと一緒に歩くんだ」
    【ツアーでは、ピッチへ続くトンネルを歩く体験が出来る。テープでスタジアムの歓声が流れてくる。】
──君が聞いてるのはこの音?
「俺達がピッチへ歩いてく時、こんな音がこう耳に入ってくるんだ。本当にこういう音だよ。ピッチに入るや否や、“この”物凄い数の人が目に入る…いつだって信じらんないよ。この歓声、この人だかり。
俺達が出てくると、有名なストレットフォード・エンド(ゴール裏)、これがその最も有名なスタンドさ。広告は何も眼に入らないけど、伝統的なバナーだけは見えるんだ」

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    【オールドトラッフォードでゴールしたルートが一目散にコーナーへ走り、ユニフォームを脱いで放り投げた場面が流れる。】

「レオンティンと俺の家族はいつもその辺に座ってる。角の所。こっちサイドで俺がゴールした時、大抵はその後あのコーナーに行く。そこにいる人たちの方にね。ここでプレイしたら、あらゆる方向から声援が聞こえるよ。
結局、俺がプレイするのはその為って訳だな

「最も美しいゴールか…。フルアム戦、中盤でボールを受けて、確か…俺は右足アウトサイドでターンして、2人の選手の間を猛スピードで走って、そして6ヤードボックスまで行って。最後のDFがいて、俺は左足で自分ごと相手を背負って、ゴール前でフリーになって、アウトサイドでシュートした。ボールがゆっくりネットに入ったな。そしてこの辺りで俺も走り終えたんだ」

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──最近は、君もあの辺に…(ベンチを指す)。
「うん。そりゃあ楽じゃないよ。あそこに座ってるのは…。サイドラインでウォーミングアップして…時々10〜20分のチャンスをもらう…時には無し。うん、そりゃキツイよ…」
    The Kinksの“Days”と共に、オールドトラッフォードのピッチにたたずむルート。そして、思い出の場面がカットバックする。】



♪Thank you for the days,
Those endless days, those sacred days you gave me.
I'm thinking of the days,
I won't forget a single day, believe me.

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◆          ◆

    【再び、通路にて。ちょうどそこには若い日本人グループがいた。彼らは「キャー」と悲鳴を上げ、ちゃっかり写真に収まる。そしてルートが去ると、すかさず「カッコイイ〜〜〜!」と叫んだ(!)。】
    *この時遭遇した方々へ。オランダ全土に放送されましたよ!

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〜続く〜

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by tototitta | 2010-08-09 21:59 | Ruud van Nistelrooy | Comments(2) | ▲ TOP
“Van The Man” <其の1>
(記/minaco.)

あれから4年──。
フットボール界では4年一昔。ワールドカップのサイクルが1つ巡り、所属クラブを二度変えても、過去は未だに鮮明なのだ。

4年前の夏、ルートがユナイテッドを去る時は不毛な事ばかり思った。タブロイドの流す憶測をしたり顔で語られるのは嫌だけれど、単に「よくあること」で済まされるのもまた辛い。勿論ユナイテッドでは「またもや」な出来事とはいえ、ただ悲しんでくれる人が居て欲しかった。ワタシは傷口に塗る薬を探し、やがて何度も検証した末に、特効薬じゃないが痛みを和らげる薬を見つけた。

2006年ドイツW杯直前、オランダNOS TVが渦中のルートを追ったドキュメンタリー番組。タイトルは“Van The Man”

以下は、オランダのファンが英訳してくれたのを元に再現したものです。正味50分程の内容なので、8回に分けてお送りします。今更需要など無いかもしれないけど、このタイミングが相応しいかなとも思うので、シーズンオフの間にひっそりと。もしも誰かに届いてくれたら嬉しい。

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01
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    【オランニェの練習場を見下ろす場所で、レポーターが語る。】
ルートはワールドカップに向かっています。彼にとって初めてのワールドカップ。そしてキャリアのクライマックス…恐らくクライマックスとなるであろうワールドカップです。

この5年間、ルートは多くの人々に賞賛されてきました。彼はユナイテッドのトップスコアラー、世界で最も有名なチームのです。しかし、ルートとクラブのフェアリーテイルは終わろうとしてるように見えます。ユナイテッドの偉大なボス、サー・アレックス・ファーガソンは彼をベンチに追いやりました。

この数ヶ月、我々はマンチェスターで2度ほど彼と話しました。彼は我々にオールドトラッフォードを案内し、ファンと永遠に続く絆について語り、そして自分の書いたノートを読んでくれたのです──
“Van The Man”
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B.G.M.♪Editors - Munich


◆          ◆

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    【自宅のダイニングテーブルにて、自分の書いたフットボール日記を読むルート。*日記の内容はコチラ を参照。】

最高のストライカーは、北ブラバント州の人口600人にも満たない小さな村に生まれた。Geffenには“Nooit Gedacht” (=Don't think it)という、美しい名前のフットボールクラブが1つだけあった。

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    【フットボール場にて。オレンジの9番を付けた小さな子供達が、ボールを蹴っている。】

“De Biezen kamp”、そこがルートの初めてゴールをした場所。Nooit Gedachtでは、この村の選手が皆プレイする。世代から世代に渡って。ルートの祖父、Hasje van Niftrikもここでプレイした。そして彼の父、Tiny van Nistelrooijも。
    【父、Tinyが自宅に戻って来る。】
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「ちょうど今、仕事中でね。設備の装備と、今日はナイメーヘンでいくつか漏れを直してきたところなんだ」(* 父親の仕事はボイラー工)

──ここはあなたの住まいで、ルートが育った所? 
「私が住んでて、子供らが育った所だよ。彼らがこのポーチでフットボールをしてた時の思い出が一杯ある。そこのガレージのドアに傷が付いてるのが見えるだろう?子供達はいつもここで、近所から来た他の子達とフットボールしてたんだ」
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Kapelstraatから来たファン・ニステルローイ一家には、3人の子供が居た。ルートは長男、その下に弟Ron、妹のAnekkeが末っ子。Tinyは我々にルートが初めてフットボールの試合をした時の事を話してくれた。

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「良い思い出のひとつだよ。せがれが5歳の頃、規則でまだ試合が出来なかった。6歳になるまではね。でも私が年少チームを見てた時、ルートは一緒に付いて来たんだ。ユニフォームも何も持ってなかったのに。やって来て、サイドラインの私の横に座り込んで、チームと一緒にプレイしたそうだったんだよ。でも私は、そりゃ無理だって解ってるし…。
あいつがずっと横に居続るもんで、私は後半の間、プレイさせる事にしたんだ。こんな小っさいガキがプレイしたいだとさ!」

──プレイさせたんですね…。
「いつもプレイしたよ…あいつは監督がベンチに置いたら、未だにハッピーじゃないね

    【幼少期のルートのアルバムが紹介される。】

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〜続く〜

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by tototitta | 2010-08-08 22:21 | Ruud van Nistelrooy | Comments(0) | ▲ TOP
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