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イラストレーターMinacoとなるほ堂が、サッカーのこととか、映画のこととか、日々日常に関して、その情熱の総てを地球にぶちこんで叩き付け、戦い挑み、愛を説く日々の記録。
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skin by なるほ堂
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映画で語るW杯出場国 #5
『明日に向かって撃て!』で読み解くアメリカ代表

イーグルスは『ホテル・カリフォルニア』で、アメリカには「1969年以降、スピリットが無い」と歌った。
だが、そこでレコードは終わらない。ターンテーブルは回り続け、『街の新顔』が訪れる。

60年代末期。泥沼のベトナム戦争。
疲弊した世相に晒された米映画界にも、新しいムーヴメントが訪れた。いわゆる『ニューシネマ』である。
彼らはそれまでハリウッドが背を向けてきた「アメリカの真実」にカメラを向けた。
人種差別。腐敗した権力。挫折した若者たち、暴力、ドラッグ。

米国プロスポーツの“New kid in town”=サッカーも然り、と思う。
今、彼らはこれまで米国三大プロスポーツが背を向けてきた「世界の評決」の場に立つ。
そこに約束されたサクセスストーリーは無い。ビッグマネーも、米国的な通り一辺倒のスポーツマンシップも無い。
そこは混沌とした価値観の衝突する場である。

ニューシネマにはハッピーエンドが無い。彼らは必ず敗れる。
だが、それは即ち「成功」にこそ価値を見出してきたアメリカ人に、
(重要なのは「勝つか、負けるか」ではなく、「いかに生きるか、いかに戦うか」ではないか)
と問うている。
米国サッカーにも、そのニューシネマのアンチヒーローたちの生き様を見る。
『自由と平等の国』の殻を破り、その虚構に閉じこもったままでは見えなかった『現実の刺激的な世界』に身を置く彼らは、敗北を恐れない。そして90分を精一杯戦う事を惜しまない。
しかも彼らはフロンティアスピリットを継ぐ者たち。新大陸=サッカー大陸に本気で身を乗り出してきた彼らを倒すのは容易ではない。

さて、ニューシネマ数ある中で、僕的にもっともサッカー的と感じるのが
『明日に向かって撃て!』(1969)。
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個人的に特別な一本で、レッドフォードについては一杯書きたい事があるのだけれど、本筋から逸れるのでまたの機会に。

1890年代のアメリカ。
銃一つで人生を切り拓いてきた西部の無法者たちは、時代の流れからその生きる場所を追われていく。
家畜泥棒と銀行強盗が稼業のならず者コンビ、プッチとサンダンスも然り。
ならず者たちは追っ手から逃れて中米の地へ。それはアメリカ的観念からの逃亡でもあり、自己を叶える世界への冒険である。

ラストシーン。ボリビアの地で警官隊に包囲され、もはや絶体絶命の二人。
だが、彼らに悲壮感は無い。彼らには「アメリカに帰ろう」なんてセンチメンタリズムを持たない。
自由の国アメリカは、もう二人には自由には生きづらい場所なのだ。
ならば、どこまでもアメリカから遠くへ!

「今度はオーストラリアにいこうぜ!」
そう言いながら二人が警官隊に突撃してから100年後。
そのオーストラリアの地、シドニー五輪でアメリカ代表は逞しいサッカーを繰り広げた。
日本を敗り意気揚々の彼らに、今に生きるプッチとサンダンスの姿を見た。

だが、アメリカサッカーのそんなアンチヒーロー的格好良さにも陰りを感じる。
アメリカW杯で活躍したタフなDFララス。自由人だった彼もバンバンよろしく「もう若〜くないさ♪(『いちご白書をもう一度』)」と長髪とヒゲを落とし、今じゃ背広でギャラクシーのGMだ。
それはかつての『ニューシネマ』ムーブメントの終息にも重なる。

諸説あるが、僕的には『ニューシネマ』の息の根を止めたのは『ロッキー』(1976)と思う。
ロッキー・バルボアはアメリカに再び「個人がアメリカンドリームを達成する素晴らしさ」を説いた。
人々はこぞってロッキー=スタローンを讃えた。やはりアメリカ人は敗北で終わる『ニューシネマ』よりも、成功者の物語が好きなのだ。

そして今、米国サッカー界にはフレディ・アドゥという選手がいる。
アメリカンドリームを叶える為にガーナから渡ってきた少年。流しの頃の北島三郎を思わす容貌の、しかし未だ17歳。
彼がロッキーになる日、それはアメリカ人が最も望む「アメリカンドリームの本流」にアメリカサッカー界が飲み込まれる日だ。
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むろんサッカーがアメリカに大衆娯楽として定着するのは良い事とは思う。
しかしアメリカサッカーのニューシネマ的な「ストーリーの非生産性」が好きだった僕からすれば、そこがロッキー的世界になるのを素直に喜べない。
そこには敗者にあった「潔さ」が無い。それじゃあ、つまらない。

『ロッキー』シリーズ、『ジョーズ』シリーズ、『ダイハード』シリーズ、、、拡大生産的ポストニューシネマの悪しき伝統=「つまらない続編」を見るたびに、その思いは増す。
確かに「続編」の余地を残す物語はビッグマネーを産むが、生き様としてはみっともなく思うのだ。

(絵/minaco、記/なるほ堂)
by tototitta | 2006-05-03 23:22 | W杯2006 | ▲ TOP
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