(記/なるほ堂)
盛商【0-0 延長1-1(PK2-3)】遠野
勝利をほぼ手中にしながらも間際に追いつかれ、遂には敗れた昨年度覇者。呆然としながら「一体何が起こったのか?」と立ちすくむ応援席。眼前に広がる不可解……こんな時、昔の人たちはこう云ったという。
「カッパの、カッパの仕業じゃ……」
──今回に関しては、それこそが事実だ。
「やはり遠野が決勝に来たか……」
高校サッカー選手権岩手県予選決勝のカードは、今年も
盛岡商業高校と
遠野高校。今季、遠野の実力に疑問囁かれ、また盛岡市立高校ら新興勢力の躍進著しくも、しかしこの対決に他が割って入るのは尚早か。五年連続の
「岩手クラシコ」──ただの高校サッカーの対決ではない。これは
地域と地域の自尊心の対決なのだ。
盛岡と
遠野──同じ南部藩にありながら宗家・盛岡南部氏の領地と、遠野南部氏の領地(←ご指摘を頂き、訂正しました。07/11/19)。
歴史文化や住民気質すらも異にする両者は、さながら
「バルセロナとマドリッド」の如き積年のライバルでもある。無論、住民同士がいがみ合っているわけでは無いが、
「(他県民から見て)一緒にされたぐね」
という自尊心、そして
、
「おまいらだけには負げね」
という潜在的な対抗心は、今なお根強い。(後述するが、サッカースタイルも全く違う)
故に我ら岩手県民は、これまでの何十年にも渡る両校の県代表争いに、
「高校サッカーを越えたもの」
を重ね見て来た。
だからこそ、クラシコ。
(ことに遠野側の方にその意識、強いとも聞く。地域実情を考えれば、それも然りだろう。)
更にこの両地区──、
伝説を探れば
「鬼と河童」。馬で申さば
「チャグチャグ馬コとオシラサマ」。選挙の区割りも
「岩手一区と岩手三区」。更に広く、各々を有する「県央、県南」で区分すれば、偉人を挙げれば
「石川啄木と宮沢賢治」。そして今を代表する「先生」ならば──
「齋藤重信先生と小沢一郎先生」
であろうか。
奇しくも同じ今日11月4日、志半ばに座を去った二人。
例え文化を異にしながらも、しかし重なりあう必然──いわば
「宿命」が、脈々とこの両地区には存在するのだな。帰ってからテレビを見てビックリしたよ、小沢さん。
……何れにせよ両地区の因縁の深さ、いささかご理解いただけただろうか。否、言っている僕も良く分からないので、前置きは以上で済まそう。
盛岡南公園球技場、到着は試合開始一時間前──。
満男も羨む様な、既に「満員」のスタジアム。「林君に豚の顔(※)なんか投げるんじゃないよ。鹿オタの八つ当たりなんだから」というMinacoを訳あって家に残し、一人観戦。(※/フィーゴの故事参照)
盛商ベンチにはV2祈願の千羽鶴、一方の遠野ベンチには千羽カッパが揺れる。
アップ中の「赤」と「青」を見遣る。昨年と変わらぬ風景乍ら少し違うのは、方や「全国覇者」であり、もう一方はそれを複雑な思いで見ていたであろう、一昨年の「全国四強」。正月の盛商優勝時には殊勝なコメントを寄せていた彼ら遠野選手たちだったが、しかし内心では悔しくて溜まらなかったはず。それでこそ健全だ──
「県勢初の国立」という自慢を、翌年に
「県勢初の優勝」で返されたのでは。
「セリエAを制覇したら、ライバルがCL獲っちゃった──そんな昨季のインテルとACミランみたいなもんか。青と赤だし」「いや、そんなもんじゃないだろう」……そんな声も。
空は快晴、久方の陽気。盛岡市民として盛商応援席に陣取り、アップする「彼」に視線を送る。
僕の気持ちを察したのか、山口百恵が歌う──
「こんな小春日和の穏やかな日は……もう少し 林君のファンでいさせて ください」
明日にも浦和へ嫁ぐ彼、である。もしも敗れれば今日が今生の別れだ。
そして試合は始まった。
高い位置から攻める盛商、その裏に仕掛ける遠野。「組織の盛商、個人技の遠野」も今は昔──近年盛商が個人技を身につけ、結果に於いて一歩先んじると、遠野はそれに対抗する様にフィジカルに磨きをかけて来た。決して同じスタイルを取らないのが、ライバルのライバルたる所以か。
なおも続く、分厚い攻撃vsカウンター、組織戦術vs個々の激しさ……詳しい試合内容はニュースサイトに譲るが、両校の意地が散らす火花凄まじく、ゲーム中の遠野のPK失敗など、もう見ていてたまらないほどの好ゲームだった。確かに「これが近年全国トップレベルの結果を出している両校の対決に相応しいサッカーか?」と問われれば、お世辞にも頷けないゲームではあったが、しかしそこに垣間見える
「勝負にかける心」は、何処に出しても恥ずかしくないもの。こういう戦いを経験せぬまま幾らサッカーが上手くなっても、しかしそこには人としての成長も無く、また見る者に感動を与える力も得られないだろう……そんな試合。そして、勝者は遠野。
以下、全国の皆さんが知りたいだろう
「何故、盛商が敗れたのか?」を僕個人の分析で記す。
- 前線の選手に、昨季の様なスピードが無かった。
- 故に、細かい繋ぎやテクニックで攻撃を仕掛けたが、結果的にダイナミズムに欠けた。
- そうなればフィジカルに長けた遠野の術中。盛商には焦りが拭えなかった。
- 昨季あれほど全国を席巻した盛商の運動量……しかし盛商選手の方が先に足が痙った。
- 遠野選手の仕上がりが勝り、逆に盛商は怪我、調整不足が伺えた。
- これは言いたくないが、正直審判の細かいジャッジには疑問があった。
勝負の流れに於けるアヤは14番の途中交替と、針を打ちながらも起用し続けた10番にあったのかもしれない。勿論有能な選手が豊富に入部する私学と違い、「林君の一枚看板チーム」にならざるを得なかった今季故に、彼を最後まで外せないのは100%理解できるが、同じ東北、秋田出身の落合監督ならば……そんな思いも片隅に。
しかし、以上は「言い訳」に過ぎず、語るべきはやはり──
「遠野は強かった」
の一点であろう。我々は忘れていたのだ。
「河童は、実は凶暴なのだ!」
失ったプライドを奪い返すが如き、気迫……彼らの削りは、凄まじかった。守備に追われても河童の屁。「岩手県は盛商だけじゃない!」「奴らに、これ以上いい思いをさせるな!」「散々苦汁をなめさせられた齋藤先生に、有終の美を飾らせてなるものか!」「誰でもない、俺たちが引導を渡す!」……勝手に代弁して申し訳ないが、ともあれあれ程の「信念」を持ったファイトは、近年W杯ですらお目にかかれないものだった。
それに、過ぎた事にクヨクヨしてはいけないのだ。齋藤先生の残された言葉から、我々は学ばなくては、語り継がなくては。要は敗北から学び、それを次の力に変える労を惜しまぬ事だ。それこそが全国制覇をもたらした、先生の
「情熱」だ。
先生の著作には若かりし頃、即ち先生がロマーリオそっくりだった頃(『夢は叶う』内写真参照)から、失敗を幾度も重ね、しかしそれらを常にプラスと捉え、糧にして来た歴史が綴られている。必読。そこにあったのは、最近便座を上げるのすら億劫になっているモノグサな僕にとって、思わず背筋を伸ばさずには居られない情熱の数々であった。これで終わりじゃない。先生が退任されても、僕ら盛岡市民の心に灯った明日への情熱は消えない。
しかし、もう一つだけ心残りを。
決意の丸坊主で、一人別次元の強さを見せてくれた
諸橋主将。彼の腕章姿をもう見れないのが寂しい。敗れたとはいえ、君は歴代に恥じないキャプテンだった。僕の知る「背番号6」で、最高の選手。これは高校サッカーとか岩手だけの話じゃない。君にもう一度会いたい。君はもう一つ上のレベルに行ける選手だし、行くべき選手。それが認められないなら、日本サッカー界のスカウトの目は、全員節穴だ。その日を待つ──ただし、どうか着るユニフォームを間違わないでくれ(涙)。
勝利に湧く、遠野応援席を眺める。
盛岡に齋藤先生の物語がある様に、遠野には遠野の素晴らしいサッカー物語がある。今度はそれを全国の皆さんが知る事となるならば、それもまた喜びだ。
「この攻撃で、全国でどうやって点を取るつもりなのか?」「一昨年と同じく、例え勝ち上がっても退場者続出で力つきるのでは?」……そんな思いは一旦脇に置いておこう。おめでとう。今は素直に祝福を。なぜなら、これこそが盛商のサッカーを強くして来た源だから。
お互いのすぐ近くに、全く違う思想を持った、絶対に負けられぬ強力なライバルが居る──それらが切磋琢磨する事によって岩手の高校サッカーはここまで来たのだ。正にレアル・マドリッドとバルセロナ──我々は、なんと幸福なのだろう! 負け惜しみでも何でもなく、
今日の敗北はむしろ昨年「叶った夢」に、続きがある事を示しているのだ。
これからも「両翼」が羽ばたき続ける岩手は、もっともっと高く飛べる。強くなれる。ビートルズとストーンズ、栃錦と若乃花もそうだったじゃないか……古いか。ともあれ、そうでなくては、強くはなれないのだ。余談だが、最近の鹿島がタイトルから久しいのは「ベルディとジュビロの体たらく」のせいなのだ。だから、盛商卒業生である山本脩斗は梃入れとして今季ジュビロ磐田に行くのだ。そうなんだ、そうなのよ。全ては鹿島の為に……まあ、今はそう思わせてくれ(涙)。
されど正直に申そう。生粋の盛岡人としては未だ心整理付かず……例え県代表として応援は出来たとしても、果たして昨年度の様な興奮の中で遠野高校を追いかける事ができるだろうか? 県民一丸、それは可能だろうか?
「今こそ……」
その時だった。
遠い県南方面から「声」が聞こえた──
「……小異を捨てて、大連立の時ではないかと思うわけです」
それで良いんですか? センセイ、本当にそれがいいのですか?
答えの見つからない僕は家路に付く道すがら、南の空に向かい──やはりこう答えるより他になかった。
「…持ち帰って協議させて頂きます。ハイ。」