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イラストレーターMinacoとなるほ堂が、サッカーのこととか、映画のこととか、日々日常に関して、その情熱の総てを地球にぶちこんで叩き付け、戦い挑み、愛を説く日々の記録。
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トリノ五輪 その3

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改めて女王・荒川ちゃんは闘ってたんだな、と思う。年端もいかぬ天才少女の出現にも、美しさを数字でしか計れない新採点方式にも。美を獲るか、点を獲るか、彼女はその矛盾をねじ伏せてみせた。求めるものが大きいほど勝ち方は尊大に見える。

フィギュアをプロレス的に見ていると、ライバル達は荒川ちゃんの仕掛けたシュートについて来れなかったのかもしれない。

荒川ちゃんの芸術的最高傑作は'04年世界選手権の『トゥーランドット』である。今回の荒川ちゃんは芸術家であり続けた村主ちゃんと違って、コダワリは残したまま職人として技を極めた。隙のない手仕事には潔い美しさがある。解らない人には解らなくてもいいけど、あたしの仕事はすべて一流よ、みたいなプライドが。自己満足と実用性、二兎を追ってその結果が金メダルとは。渡辺絵美の時代から観てる者にとって、まさか日本人がフィギュアを制す日が来るとは思いもしなかったよ…。

男子で期待の ウィアーくんもまた、尊大な美しさを見せつけた。勝負には負けたけど、エキシビジョンで演じた『マイ・ウェイ』を観ると、存在自体が芸術品。世の中には「マイ・ウェイ」を歌って(使って)いい人と悪い人がいる。例えば勝新、勿論シナトラ、「オレの道」なんて言ってもいいのは限られた人間だ。ウィアーくんも「オレの道」を究めて欲しい。彼を見た時、「上玉」なんて言葉が浮かんでしまう私はお下品でしょうか。金で買われてもオレはオレのもの、っていう扱いづらい色小姓・・もしくは天使の顔をした悪魔=黒鳥・・・。

ところで、今回の五輪ではオランダ人選手につい注目してしまう。オレンジと紺色のオランダ・カラー(=「ラボ・バンク」カラー)はよく目立つ。オランダ代表のW杯ユニもこのカラーリングにすればよかったのに(一応ストッキングは青ですが)。困った事にオランダが気になる。スピードスケートの女子メダリストが、オランダ代表GK(エドさんじゃないよね)と交際中、と知って驚いた。

リュージュやバイアスロン、カーリングもじっくり観てみたかったが叶わず。スノーボード・ボーダークロスは面白かった。まるでカーレースや競艇みたい。クラッシュが見せ場か。つい「まくれー!」とか言いたくなる。しかしホッケーってのは良く解らない。基本はサッカーと同じだろうが、何でゴール裏にスペースがあるのか。反則を犯すと一時退場して反省室みたいな所で大人しくしてるのも笑える。なのに乱闘になってもレフリーは止めずにじっと見ている。サッカーのように紳士的基準を求めないのがホッケーか。

ふと思ったのだが、夏季五輪競技は殆どが「遊び」が原点だけど(かけっこしたり、泳いだり、ボールで遊んだり、格闘してみたり)、冬季競技は「生活」または「労働」だな。雪山や凍った池や川を移動したり、狩をしたり、生活に必要で身に付けた手段が進化したものではないか。実益を兼ねてる。だけど雪国にいるからといってスキーやスケートが得意な訳じゃない。寒すぎると極力家から出たくないもんね。だからどうってことはないけど、そんなトリノ五輪。

日本人選手がメダルを逃し続けるのを観てても、「敗者」という立場を思ってしまう。目指すものは人それぞれあるだろうから一概には言えない。他人の勝手な期待なんかに応える必要はないけれど、ただ自分の期待に応えられないのは辛いだろうと思う。

人生は思うようには行かない。それでも信じ続けられる人には次のチャンスは訪れるのだと思いたい。なんて、ちょっとキレイにまとめてしまいました。


<付記>
”フットボールに生きる大人たちに贈るライフマガジン” 『FootBall LIFE』 創刊号にて、ロナウジーニョ&ホルヘ・ミムーラさんのイラストを描かせていただきました(DVDも付いてお買得!)。

また、『TV Taro』にて「映画に学ぶ保険特集」のイラストを担当させていただきました。
どちらも現在発売中ですので、本屋さんでどうぞ!!


(記&絵/minaco.)
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by tototitta | 2006-02-28 20:45 | Other Sports | ▲ TOP
カーリングカップ

先日の記事でなるほ堂が「情念と腕力で電話帳を破る方が好きなminaco」と書きましたが、言わせてもらえばですね、正確には、
「超人の力より生身の人間の理想を信じる力の方が好き(©ルート)」
という事なんです。宇宙人的な技より、人間の強さを感じさせるプレイの方が感情移入し易いじゃないですか(私の中ではオガッサもその一人)。

ともあれ、いよいよ決勝だ。たかがカーリングカップ、されどカーリングカップ。カーリングカップで何が悪い?
彼らの喜ぶ顔が見たいのだ。贅沢を言っちゃいかん。今彼らはそれを必要としている。獲りたい、勝ちたい者を応援するのがファンではないか。そして共に喜びを分かち合おう。与えられる事に慣れてしまってるとしたら、残念だ。

しかしこの大一番、何たる事か生放送がない。2日後のMUTVまでおあずけだ。という訳で、26日以降28日まで、この試合の結果云々については情報を閉ざす事にします。「おめでとう」とか「ルートのあのゴール凄かった」とか、どうか、放送まで何も教えないでやって下さい。といっても、世間はカーリングカップにそこまで注目してないだろうけど。
ご協力宜しくお願いします!

(記/minaco.)
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by tototitta | 2006-02-26 14:27 | Manchester United | ▲ TOP
荒川静香、“下界”での三ヶ月。

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かつて荒川静香が世界選手権で優勝した時、見ていてボロボロと泣いてしまった。結果に、じゃない。演技そのものの美しさにヤラれてしまった。
あのときの荒川は神の領域で滑っていた。(興味のある方は、こちらをクリック。音が出ますのでご注意)

その後、フィギア界は神の居るべき場では無くなった。
点取りゲーム。そもそもが競技なのだから、このル−ル変更の善し悪しは一概には言えない。

だが今のフィギア界で荒川を滑らせるということは、則ちゴッホに美大の試験を受けさせるようなもの、あるいはパバロッティにカラオケ採点マシーンで歌わせるようなものだ。偉大な芸術に対する侮辱である。

しかし五輪直前、女神・荒川は敢えて我々俗物の棲む“下々の世界”へと降りた。昨年の12月、芸術家としての荒川を完成させたタラソワコーチの元を離れ、得点の採れる滑りを教えられるモロゾフコーチに師事。
そしてわずか三ヶ月、下界の採点方法に合わせた演技を練習しただけで金メダルである。彼女の顔には、
「どーよ。ざっと、こんなもんよ。」
と書いてあるようだった。
こんなにも強い芸術家を、他には知らない。

長野五輪から、ずっとフィギア界を「荒川×村主」のライバル・アングルで追ってきた。この二人の闘いはガチ(参照 )だ。(だから最近の「ミキティ×マオ」ギミックには今イチ乗れない)そして今日、二人の戦いが結実した瞬間を見た。
村主はメダルに届かなかった。会場のノリを見ても、やはりあの「情緒」みたいなものは世界には届かなかったのかもしれない。でも彼女無くては荒川の金メダルは絶対に無かった。それだけは言える。
キスクラで村主はいつも「アイ ラブ ユー×××!」と叫ぶ。僕に言っている訳でないのは承知だが、僕からも「アイ ラブ ユー!」を贈るぞ。

そして荒川。この日の演技は競技としてはパーフェクトだったけれど、彼女の芸術性の半分くらいしか感じなかった。やはり天上の人に、この下界は似つかわしくない。イナバウアーを評価しない世界になど、長居は無用。金メダルを胸に、どうか再び天上界にて神の滑りを。

安藤は残念だったけれど、彼女の背負ってきたものの重さと立派に戦ったと思う。
今回のトリノでの多くの日本人選手たちの敗因には、長野五輪以降の注目度の低下、そしてそれに伴う予算不足が上げられている。その中で日本フィギアは協会上げて「ミキティ=天才(美?)少女」アングルを組み、多くのTV露出、広告収入を得て強化に充てた。宮里藍や福原愛の例が示す通り、マイナー競技の「天才少女出現アングル」はもの凄く有効なのだ。
だが、その犠牲として彼女は「やっかみ」や、実力以上の期待を背負い込まされる羽目になった。天才少女アングルはフィギア界にとっては期待以上の効果をもたらしたが、安藤を幸せにはしてくれなかった。

今後、安藤が自分に何を求めるのかは分からない、でも、彼女が今後更に高い世界を目指して競技を続けていくのならば、もっと暖かいサポートが必要だと思う。協会も、フィギアファンも。
安藤を銀盤の生け贄で終わらせてはならない。

ともあれ、当初は散々煽ってたメディアが「メダルなんか関係ない。競技者がベストをつくせばそれでいいじゃないか」と、柄にも無く言い訳めいた、、、ぬる〜い慰めモードに入ってたところ(そんなのハナから当然のことでしょ! 負けたことの「言い訳」として使うべきものじゃない!)での、金メダル。痛快です。

やっぱり、金メダルはいいもの。メダルの可能性が僅かにでもある選手たちが、それを目指して戦っている以上、メダルレースを切り離して「努力」云々だけで語るのは不可能だ。敗者には慰めも、もちろん怒りもいらない。
ただただ「残念だったね、悔しいね」って、一緒に泣けばいいんだと思う。競技者に何かしらを託して見てしまう我々俗物にとっては難しいことだけど、その悲しみや苦しみを共有することこそが大切。
そして喜びもまた。

荒川の胸に下がった金メダルは、そういう彼女の周囲の人たちの思いがもたらした金メダルだと思う。
だからこそ、輝く。

でも、、、あれって観光地の売店にある、大判の五円玉チョコレート にしか見えないんだよね。どうしても。。。

(記/なるほ堂、絵/minaco)
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by tototitta | 2006-02-24 19:26 | Other Sports | ▲ TOP
インド人、人大杉
[日本代表6-0インド]
インドといえば「0」を発見した国として知られるけれど、日本のスコアに「0」を刻むことは出来なかったのだ。ははは。
それにしてもインドのゴール前の人口密度、、、何なのよ、あれは。
ニューデリーのラッシュアワーか。

確かに守備を固めるのも戦略だろうけど、あれはあんまりだ。放送も「勝負にこだわるインド」として、その集中力を誉めてたが、、、「攻撃を捨てただけ」のサッカーをそう評するのはどうなの? 最少失点で凌ごうってのも分かるけど、かつて日本が弱かった時代でも、あそこまで引かなかったと思う。

サポも責めあぐねてミスをする日本イレブンにブーイングで叱咤するのもいいけど、もっとインドイレブンに「チキン!」、、、いやインドだから「タンドリーチキン」ぐらいコールしてもいいんじゃないか? 
先日のフィンランドもそうだけど、サッカーの根幹に関わる問題として、あのような「超守備的結果至上主義サッカー」は、「恥ずべきサッカー」として怒ってもいいんじゃないか。
僕はサッカーを見たいんだ。得失点差のやりとりが見たいんじゃない。

、、、で、肝心な日本の内容だけど、ミス大杉。
やっぱり、やり慣れない4-4-2だと、ズレてしまうんだろうか。みんな意味なくバテていたし、FWが縦のボールを上手くポストできなかったし。

でも、それでもサイドではなく中央で勝負したことは誉めてあげたい。確かに効率からいえば、中央を固めている守備に対して、この日のような攻撃は賢いやり方ではないかもしれない。こういう相手にも中央を狙うのは、セレソン・ブラジレイロくらいだろう。

でも指揮官がブラジル型4-4-2の布陣を貫いた以上、セレソンのようにあくまで中央にこだわるのは良しとするべきだろう。効率的なオートマチズムでベルトコンベヤー上を流れてくる勝利はいらない。
はっきり言えば、ドイツでの勝敗は日本には意味は無いんだ。

日本代表監督としてのジーコはもう少ない。
世界一勝負にこだわるブラジル国民から「敗れてもなお美しい」と未だに讃えられるセレソン82の10番=ジーコ。今日本は、そのサッカー哲学の神髄を学ぶべきときなのだ。

彼の采配をナンセンス、時代遅れとしか見ず、折角のこの期を逃しては勿体ない。おそらく日本に本当の意味でのサッカーの素晴らしさを教えられる唯一の人なんだから。後にも先にも。

(なるほ堂)
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by tototitta | 2006-02-24 01:20 | W杯2006 | ▲ TOP
銅像シュート(ⓒトニーニョ・セレーゾ)!

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満男の特徴にして、満男の何を僕が好きかっていえば、それは「いつも誰も見ていないところを見ているところ」だったりする。(ピッチ以外も含めて)。

WEB上のニュースに踊る、58メートル弾の文字。
何気に日韓W杯でも狙ってた超ロングシュートだけど、決まったのはこれで二度目と思う。ベッカムの伝説の55メートル弾を3メートル更新ですな。
凡人の僕には、三メートル先の屑篭に丸めたゴミを投げ入れることさえ難しいのに。。。

でも僕的には一点目アシスト時の、スローインを貰うときのズルい動きも大好き。

考えれば、世界には沢山のサッカー選手がいて、もちろん満男よりも巧い選手はいっぱいいる。でもこの、、、マリーシアを超えた、いわゆる“第6の感覚”っていう奴を持った選手ってほんの一握り。

小野も中村も、もちろん中田英も素晴らしい選手と思う。フィンランド戦での小野は見ていて楽しかった(満男と一緒だと、いつもだけど)。
でも僕個人の嗜好において、サッカーやサッカー選手には、どこか人間を超えた物を求めてしまう。理由付けのきく技術や強さだけでは、どうしても心が動かない。

ちなみにこの点こそが、あくまでサッカーに人間的なパッションを求めるminacoとは違うところ。彼女は超能力でスプーンを曲げる人間よりも、情念と腕力で電話帳を破る人間の方が好きなのだ。あー、そうですか。
でも心の中で僕は思うのだ、、、ニステルローイだってニュータイプだろうに!(ⓒアムロ)

てなわけで、日本代表で僕を幸せにしてくれるのは、満男だけなのだ。
だからどうかジーコ、ドイツのピッチにスタメンで立たせてくれ。そりゃ、超能力は時にアテにならないかもしれないけれど、超能力者の先鞭だった貴方が満男を使わないでどうする? 
かつてサッカー界に新次元の感覚を顕したジーコが、その息子とも言うべき満男をベンチに置くなんて、自分自身を否定することだよ。偉大なるセレソンの10番、ジーコのプレイが現代サッカーに通じないって、自ら認めることじゃないか、おい!。。。

ちょっと、筆が走りすぎました、、、W杯まではまだ間があるんだから、今から壊れてどうする、自分よ。
ともあれ、このフィンランド戦の結果で少なくともスタメンに入る“権利”ぐらいは繋がったと思う。とにかくW杯まで、この日のような結果を出し続けてくれることを、、、切に。


PS/ウェストハムへの移籍話が出た頃、プレミアじゃ満男らしさを出すのは難しいって書いてしまったけれど、今日の闘志(まるでルーニー!)とプレイっぷりだったら、あながち不可能ではないのかも。小野の強烈なジェラシーパス(←穿った見方、失礼。。。)の直撃を喰らっても、すぐ立って平気でプレイしちゃうなんて、、、強すぎっす。何より、すごく走れてたし。
ホント、どうせならマンチェスターUが穫ってくれないかな。試合観戦中、日本代表の試合なのに、minacoは半ベソで「ユナイテッドに欲しいよぉ〜、今すぐ来てくれよぉ〜」って、、、あまりに不憫で。

(記/なるほ堂、絵/minaco)
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by tototitta | 2006-02-20 14:44 | W杯2006 | ▲ TOP
ハットフル・オブ・ホロウ

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『お願いだから欲しいものを手に入れさせて』と、マンチェスターのバンドでユナイテッド・サポでもあるザ・スミスは歌った。
しかし、この世はままならない事ばかり。リバプール出身のビートルズは世界中を席巻し、誰もがその曲を知っている。でも惨めな時に現在も思い出すのはあのバリトン・ヴォイス。

本当に惜しいチャンスは何度かあった。はず。でもエドさんの手に触れたボールはネットに入り、我々のそれはゴールに届かなかった。クラウチ初号機(by つきさん)は額の血を止めてピッチに戻ったが、蒼白した顔のスミシーは運び出されたままもう戻らない。ああ、スミシー。フットボールは何て残酷なんだ。

今季チェルシーがどうだろうと、そんな事はどうでもいい。このチームでひとつでもカップを掲げたいんだ。
やらなきゃならない事はまだ残ってる。リザーブ・リーグのタイトル(及びロッシの得点王)、FAユース・カップ、そしてカーリング・カップ。強引に考えればトレブルも可能だ。

目覚めよ、ルー坊。お願いだから欲しいものを手に入れさせて。

(記&絵/minaco.)
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by tototitta | 2006-02-19 23:57 | Manchester United | ▲ TOP
天才・ギグスの最終進化形

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17歳でトップチーム・デビュウした頃、ギグスは天才児でありアイドルだった。
黒い巻き毛にエクボ、正に悪魔のようなルックスとドリブルで、当時まだ色気づく前のベッカムなんかよりずっと女の子達を夢中にさせた。コーナーキックを蹴ろうとするギグスに、乱入した女子がキスを迫るという事件まであったという。私にとってもカントナ以前の最初のアイドルだった。

その後度重なる怪我とウェールズ代表という宿命で辛酸を舐めつつも、ジャックナイフの切れ味を持つ唯一無二のドリブルは敵DFが触れもしないのにバッタバッタと尻餅をつくシーンを何度も演出した。現在のロンのような中途半端なボールの持ち方と違って、ファースト・タッチからシュートまでこれぞ完璧なウィンガーという手本である。彼の父が(アンタッチャブルな話題だけど)ラグビー選手だったというDNAのせいか、あの独特の間合いはラグビーを見てるかのようだ。

時は流れてトレブルも昔になり、同期の仲間も一人また一人と去った今、ユナイテッドでギグスはベテランと呼ばれ、長かった巻き毛も幾分後退し、ハーフタイムにはもう伸びてると言われたヒゲの濃さも最近は薄くなってきたような(ちなみに熊の如き胸毛は健在)。

しかし、ここに来てギグスは新たな局面を見せている。昨季辺りからコンスタントなレギュラーポジションが務められなくても、出ればグッド・ジョバーぶりを発揮。そこまでは想定の範囲。だが、今季は次第にトンパチなプレイが見え始め、我々は意表を突かれる事になる。

現在のギグスをあえてプロレス的に見る事をお許し頂きたい。彼は今、天龍源一郎さん状態と我が家では言われている。 つまり、ネイチ→グッドジョバー→トンパチ→天龍さん 。 天才の最終進化形ってこういう風になるのものかと。

これは畏敬を込めた表現だ。豊富な経験を持つが故、もはや恐れるものなど何もない唯我独尊の世界。共にピッチに立つ若手を全く意に介さず、つまり彼らを立てようなどと気遣いもせず、俺が掟で突き進む。トップに立ちたきゃこの俺を超えてゆけ、という事か。なんて大人げない。スポーツカー収集をやめパパになって、ヤンチャした彼も落ち着いたと思ったらとんだ大間違いであった。

ギグスの前にはポジション適正という言葉も無意味だ。右に左に、センターMFでも関係ない。先日のポンペイ戦の1点目はセンターでいきなりギア・チェンジしたギグスのドリブルから生まれたが、もうセンスだけでどこでも出来ちゃうのよね、と口を開けたまま眺めるしかない。だってそのフットボールセンスって特別だもん。いいんだよ、それで。そんなギグスが好きだ。

ギグスがセンターでプレイするのは普通に考えればリスキーだ。ボールの持ち方はウィンガーだし、プレイの選択も強気過ぎて危なっかしい事も。でもそれがユナイテッドらしさでもある。彼には解るのだ。
リスク・マネージメントなんて知ったこっちゃない。
悪魔が何を恐れるというのか。それはギグスに与えられた特権。

"Giggs...Giggs will tears apart them ...again♪" (元歌はJoy Division)
ギグスは再び奴等を引き裂く。

(記&絵/minaco.)
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by tototitta | 2006-02-17 22:19 | Manchester United | ▲ TOP
ナイキ W杯向け新作発表会

オランニェのユニフォームがモデルチェンジして、オールド・ファッションなデザインになった。
(こちら→http://cache.gettyimages.com/xc/56838026.jpg?v=1&c=S_GINS&k=2&d=AAAB1D3D22B8F28CA47DCCE2E77F42E7)

大きなエンブレムと黒のナンバーがレトロで、トータルフットボールの栄光よもう一度、ってなコンセプトかしら。先日ルートがモデルとなって、他のナイキ勢と共に堂々お披露目してた。まるで普段着のポロシャツみたいに見えなくもないが、ルートには似合うし、なかなかイイんじゃないの。
オランダに限らず最近のユニに襟が復活しているのは嬉しい。オランニェのユニだけはさすがに自粛してきた私も、今度こそ買っちゃおうかな。

ナイキといえばこれまでフォントはユニークだけど各国色違いのお揃いで、どうも画一的なのが好きになれなかった。何かアメリカ的というか、フットボール的ではない感じ。
ところが、新作は各国でデザインはバラバラ、特色を強く主張している。しかもシンプル。イラストレーターにとって細かいラインや多色使いは非常に面倒臭いので有り難い。アディダスも見習って欲しい・・・。ああ、でもクロアチアのユニは難儀だなあ。

「W杯に向けて今から入れ込み過ぎないように・・」と対戦相手のエインセを応援するつきさんもご心配下さっているものの、ルートにそれは無理な相談だった。申し訳ない。だって今から「寝ても覚めてもW杯の事が気になってさー」と言って待ち切れないご様子。遠足又は運動会前のコドモ状態。そーゆーヤツに限って当日腹壊したりするんで、ちょいと要らぬ心配もしたくなるが。

代表では9番を付けるようになったルートだが、私としてはやっぱり10番が良かった。デニス・ローを継ぐユナイテッドの10番だもの(以前はクライファートがエースだったから、必然的に10番だった訳だけど)。ちなみにPSVでは8番で、サポに「008」なんて呼ばれてた少々恥ずかしい過去が。

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ところでナイキはW杯に向けて新作CMも展開中。主演俳優は勿論、カントナ。ナイキはカントナとセレソンでずっとイメージを固めてる。過去のCMは洒落た企画が面白かったけれど(ジョン・ウー監督の飛行場シリーズとか)、今回ちょっと違和感を感じてしまうのは私だけだろうか。

カントナ率いるJOGA BONITOなる海賊TVがプロパガンダするメッセージは「ピッチでのラフ・プレイやイカサマ行為はフットボールを汚す。美しい技こそフットボールだ」ってなモノ。
美しいフットボールとは当然契約選手であるロナウジーニョやロビーニョ、セレソンを指す訳だが、ナイキは日韓W杯のトルコ戦でリバウドがした大げさな演技や、カントナのあの有名なカンフーキックを忘れてるんだろうか。そもそもマリーシアあってのブラジルじゃないか。それともこれは皮肉なんだろうか。

悪質なファウルや暴力行為を推奨するつもりはないが、華麗な技だけがフットボールのすべてじゃないと私は思う。相手エースを執拗にマークする中での必然的な「汚れ仕事」や、勝負に執着するからこその潔い時間稼ぎなどにも同等にプライドを感じる。
大の男が必死こいてボールを奪い合うのがフットボールの本質で、そこにあるカオスもまたフットボールの一部なんじゃないかな。

チベット映画『ザ・カップ』の中の、フットボールを知らない僧院長にW杯とは何ぞや?を説明するシーンが大好きだ。

 僧院長「カップ?」
 僧「文明国がボールで争うのです」
 僧院長「そこに暴力はあるのかね?」
 僧「たまに」
 僧院長「セックスは?」
 僧「皆無です」


やっぱりナイキってアメリカ的なのかもしれない。違和感はそこにあるみたい。

(記&絵/minaco.)
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by tototitta | 2006-02-15 22:32 | W杯2006 | ▲ TOP
トリノ五輪 その2
五輪を観て、プレミアを観て(ギャリーに代わってまたルートがキャプテンを務めてた。リザーブ・キャプテンというのは本当だったのね)、また五輪を観て、ダウンしたパソコンと一晩中格闘して、せわしない日々が続いております。W杯期間中はどうなることやら。

五輪でしか観ないような競技がある。私にとってはスノボーもスピードスケートもモーグルも、まあ殆どがそうだ。でも五輪以外にも世界大会はある。けれどその全部をTVでは放送していない。そのくせ、さも解ったようにメディアは「メダルの可能性は」なんて話題を作る。

今更五輪のTV中継に多くは望んでないけど、今回予選敗退した男子スノボー・ハーフパイプ勢、メダルには届かなかったモーグル女子、ジャンプ勢を「まさかの」 とか「想定外」などと伝えるなんて、何を根拠に?と思わずにいられない。彼らは世界基準で観て本当にメダルを狙えたんだろうか。
正直私には解らない。採点の基準も解らないんだから。彼ら日本人の演技を観て、単純にスゲーと思い、あ、それでもこのくらいの点なのかと思ってしまうのが私のような素人観。しかし後から登場したトップ選手を観ると、メダルに相応しいのはこういうレヴェルなんだと納得する。技のキレ、確実性、スピード、比べればやはり違う。とても「まさか」とは思えない。その差は歴然だったのでは。

4年に一度結果だけを都合良く追い、競技の本質を伝えようとしないTVメディア。それじゃあ選手もたまったもんじゃないだろう。気の毒である。せめて世界トッププレイヤーの技術くらいはちゃんとフォローしてもらわないと、観てる方も味気ない。五輪に限らず、スポーツ中継には継続性が大事なんじゃないかな。ちなみに、ツール・ド・フランスのような中継なら、競技に詳しくなくても楽しめるのだが。

(記/minaco.)

ホームページ[Football sketch]にマンチェスターU/リバプール戦、ブラックバーン戦 、フルアム戦 (プレミアリーグ#23〜25) をアップしました。どうぞ御覧下さい。
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by tototitta | 2006-02-13 21:54 | Other Sports | ▲ TOP
トリノ五輪…というか、君はRohene Wardを見たか
いよいよ冬季トリノ・オリンピック開幕。
私が一番ワクワクするのは実は開会式だったりする。普段は閑散としたデッレ・アルピに、こんなに人がいるのを初めて観た気が。
イタリアだから音楽はエンリオ・モリコーネかと思いきや、国旗入場で流れたのはニーノ・ロータ 。いや、『8 1/2』のジンタと共に選手団が入場してきたら私泣くよ、と期待したが、入場テーマ音楽はディスコ・メドレー。やられた…(アテネ五輪の時はオランダ人カリスマDJのテクノ。あれはなかなかハマってた)。

そして各国選手団のファッションチェック、ソフィア・ローレンにオノ・ヨーコに何とピーガブの「イマジン」に、アンドレア・ボチェッリではなくパバロッティ、結局トンバは最終点火者じゃなかったのね、あれ?R・ベニーニは出てこないんだといった感じの開会式でした。しかし、デカいな聖火。
デザインと芸術のイタリアから期待するようなスペクタクルではなかったけど、だんだん演出に統一感を持たせるのが難しくなってるのかも。開会式はアルベールビル五輪の時のインパクトが今までで一番だった。

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ところで先日、フィギュアスケート米国代表選考の大会を観た。このトリノ出場を決めたジョニー・ウィアー くん目当てだったが、いやあ思いがけず米国の層の広さ にビックリ。
日頃フィギュアの世界にアフリカ系やヒスパニック系が進出すれば面白いのにと思っていたが、既にいるんですね。アフリカ系男子のあの身体でパワフルかつ優雅に踊られると、いくら高橋くんがイケメンでもこりゃ敵わねえと思っちゃう。女子はもうキャラの宝庫。ブルック・シールズ並みの美少女アリッサ・シズニーちゃんと同じリンクで、片やヒップ・ホップの振り付けで踊る者、森三中のルックスで笑いの神が降りてる者、全く眼が離せない世界が展開されていた。広いぜ米国。恐るべし、米国フィギュア界。

そんな中、遂に見つけたオレ好みのヒスパニック系男子。”氷上のホアキン・コルテス”(←勝手に名付けた)ことRohene Ward! d0031385_21553920.jpg

もう何なんでしょう、このフェロモンは。犯罪スレスレ。しかも長めのイイ顔 じゃないですか。胸を開けた黒のタイトなコスチュームでキメのポージングにあたしゃカックン。なるほ堂もギャフン。
ところが、何という事か、この大舞台で彼のジャンプはことごとく失敗。眼も当てられない。ジーサス!

終盤のストレートライン・ステップに行く前にはもう集中力も切れて、カメラに諦めの表情を向けてみせる。どうにか最後まで滑り終えたものの、とても五輪を狙うレヴェルとは言い難い出来。キス&クライですっかり落胆した彼はその後、息子の晴れ姿を観に駆け付けたママと甥っ子に御対面。ママに抱きついて涙する姿もラテン男らしくてまたイイわ!もう堪りませんっ。

実際の所どの程度の実力かは疑問だが、そんなことはどうでもいい。Roheneくんはスバラシイ。トリノでは叶わないけど、きっといつかは世界の檜舞台で会えるはずさ。っていうか、また彼を観るチャンスを!

フィギュアの新採点方式については、私はやっぱり疑問が残る。このシステムに変更後、プログラムがどうもせわしなくてかなわない。ジャンプのコンビネーションは何回、スピンは足を替えて何回転以上、など細かい基準を満たそうと必死で技を詰め込んでいるように見える。
公平さと言う意味ではこれでいいのだろうが、浅田真央を観てるとどうしても「お受験(に来た子供)」という言葉が浮かんでしまうし、逆にトリノ本番、あの「トゥーランドット」で自慢のスパイラルを見せる事を決断した荒川静香を天晴れと思うのだ。

所詮、美しさというものは数字では表せないというジレンマ。ならば別に金メダルなどどうでもいい。「ロボコン」なら優勝チームと同時にロボコン大賞が存在するように、そして大賞の方が実は栄誉であるように、採点以外の基準があるべきだ。真の王者を決めるのは観客なんである。

(記/minaco.)
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by tototitta | 2006-02-11 21:56 | Other Sports | ▲ TOP
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