(記/なるほ堂)
昨夜のエキシビジョン。
「(また絢香)来たか…」は兎も角、
安藤美姫選手。
鳴り止まぬ観客のアンコールに応える際、先ず行ったのが四方への礼。その堂々とした頭を垂れる様に、思わず零れた言葉──
「マリー・アントワネット…」
威厳溢れる氷上の彼女に、かつて王宮のバルコニーにて暴徒の前に立ったマリー・アントワネットを見た。
「お菓子を食べればいいじゃない──」
そんな無邪気さゆえに大衆の怒りを買った少女が、フランス女王になった瞬間。
そして、
「五輪を楽しめました──」
という言葉他沢山で反感を買った少女が、しかし一年後、銀盤の女王になった瞬間。
演技以上に、凄いものを観た。
あまりに飾られた環境が「持たざる者たち」の不満を生み、そのスケープゴートにされ、云われなき風評にも晒された自身の境遇。しかし、それに怒るでも無く、抗うでも無く、示したのは
凛とした強さ。
シチュエーションは違えども、その“礼”の神々しさに心奪われた。
++++++
誰が一番だったかはさておき、女王に
“相応しかった”のは安藤だけ──
終わってみれば、やはりそう思った。真央、ヨナ、キミーには無く、しかし安藤には人を惹き付けて止まないものがあった。
ボイン? 尻?……いやいやそれは置いといて(失礼)、やはり挫折と、そしてそこから這い上がろうとする姿。
近年、ここまでドン底を味わった選手は居なかっただろう。どの競技に於いても。
トリノ五輪を目前とした時期、不調に陥るやいなや吹き始めた逆風──それは、メディアや協会による過剰プッシュの「裏返し」だったと思う。確かにあれはウザかった。ちなみに、今の
真央プッシュはあれ以上にアレだが。
(真央自体は…言及を避けるが、他人の飼い犬なんて可愛いなんて思わないだろう、普通。)
でも、
ならば責められるべきは彼女を「道具」や「玩具」にしていた周囲の大人のはず。
当の選手、しかも未だ10代の女の子を責めるなんてお門違いでしょ。
風評こそが情報だったフランス革命当時のパリなら兎も角。
にも関わらず、よくもまあ人を叩く為のアイディアは枯れないもんですな。
怪我を隠せば「嘘つき」の声、公表すれば「言い訳」との言葉。
果てには、
「飛ぶ飛ぶ詐欺」とか。(純粋に語呂はオモロイけど)
++++++
夢や目標、自身のこだわりを口にして、それをメディアに「公約」の様に伝えられ、果たせなかったら「詐欺師」呼ばわりなんて……それじゃあスポーツ選手はみ〜んな詐欺師ですよ。
鹿島なんて、もう何年も十冠詐欺ですよ...涙。
体調管理が出来ない、自覚が足りない──そんな声も。
故障の影響(痛み止めの副作用)とか、殊に安藤の場合は見るからに急激な骨格の変化とか、
人それぞれに置かれた状況が違うにも関わらず、そんなことはお構い無し。
肉体だけじゃない。
「世界一」「視聴率」「広告塔」「アイドル」という4つの使命、四重苦を同時に背負わされるという、未だほんの子供乍ら、過去に類を見ない周囲からの異常なプレッシャー……それらに拠る「苦しみ」を他者は計る事など出来ないはずなのに。
スケートファンとしては
「村主派(=スグリスト)」の僕も、そんな何でもかんでもな安藤へのバッシングには腹が立った。化粧が安っぽいのは唯一正論だけど、色が黒いのは仕方ないじゃない! 黒いんだもの!
++++++
トリノでの失敗。
それに対する「それ見た事か」の声。そして前述の「楽しめました」発言に対する魔女狩り的な雰囲気。かつての「メダル気違い(©千葉すず)」の伝統後継者、「我々の税金を使っておきながら…」が口癖の「税金廚(とか言うらしい)」も参戦しての、まるで彼女が自殺でもしないと気が済まない勢い。
勿論安藤自身も認める様に「甘さ」はあったと思う。
それに対する「厳しい声」もあって然るべき。
けれど、それを言うのは最低限の思いやりがあってこそ、だ。まだ10代の女の子に、そこまでの責務を強いる事自体の
「異常さ」も、併せて考えるべきなはず。
この年代の女の子が心に弱さを持っている事は「当たり前」であって、罪ではない。
アスリートとしての「自覚」など、むしろ無い方が当たり前だ。
巷の子役やアイドル歌手を見てもそう思う。
「甘えてもいい時期」を奪われ、大人たちに「金を産む機械」にされ、その上責任や自覚までを背負わせた子供らを見ると胸が痛む。そんな大人の期待に応えようと、またそれを失うまいと、必死に「大人が望む自分」に人格すら作り替えていく子供たちの痛々しさ。どうせ「使い捨て」にされる運命と悟り乍らも、それに抗う様に。
虐待とも言っていいと思う。
そこから逃げ出したくなる気持ちは当然。
そこで、安藤の様に「人としての弱さ」を晒すのも当然。
海外サッカー界では近年、天才少年らのメディア露出を制限して、その将来を見据えて保護するケースを目にするが、この国にはそういう責任ある行動をとる大人が少なすぎる。
++++++
川で溺れてどうすればいいか判らない子犬。それを助けるでも無く、川に放り捨てた人への批判もそこそこに、当の犬に向かって「今までいい餌食ってた報いだ」「助けて欲しけりゃ、もっと殊勝に弱々しく吠えろ」と言い乍ら石を投げる・・・一体、何なんでしょうね。
勿論、応援を強いる気もないし、同情しろとか、甘やかすべきとも言わない。
道理が通るならば叩くのもアリでしょう、メディアの捏造する「美談」にまんまと踊らされるよりは。だけど、メディアの洗脳に対する「抵抗」として自分を逆洗脳しちゃったら、結局「まんまと踊らされている」事には変わりないんだよ。逆の意味で。
あの「楽しめました」という言葉は、
「無念さや悔しさに押しつぶされまいとする、精一杯の抵抗としての言葉」
に聞こえた。僕には。
例えそれが正しくない過剰な考察としても、少なくともあの時の安藤の表情を見て、彼女が
「本当に楽しんでいた」と思える人はどうかしていると思う。表面的な「言葉」だけしか読みとらない人たちって居るんだなあ、と。
いや、
単に「生理的に嫌いなだけ」「その衝動に抗えないだけ」という自身への後ろめたさから「理由付け」を求め、さも正論を装う為に「言葉」に飛びついているだけなのかもしれない。人は感情としての「〜が嫌い」を良しと出来ぬが故に、「〜が悪い」に転化したがる。僕も含めて(…反省)。
けれど例えば世の中には、「何も無い春♪」という歌詞にすら、
「襟裳岬の春には何も無んだ」
と思う人もいるらしいしなぁ。判らん。。。
ともあれ、
そんな逆境を経て迎えた、この大会だったわけだ。
某所の「嫌いなスポーツ選手(女子部門)」では第一位。
梯子を掛けた協会から、強化指定選手も一旦は外さた。
大会スポンサーはTOYOTAじゃなくて日産。
提供のネスレも、応援しているのは真央だけ。
(「ネスレは浅田真央選手
“を”応援しています」って提供ナレーションはイヤらしすぎるだろ)
だけど、安藤は勝った。
++++++
安藤は逃げなかった。
誰も彼女を潰せなかった。
非情な批判者たちに気恥ずかしさを与えるほどの、俗人には及ばぬ立派な佇まいを以て。
モロゾフは後述するとして、先ず語るべきは
荒川静香。
安藤をマリー・アントワネットに例えるならば、荒川は
マリア・テレジア。女帝にして、アントワネットの母。彼女は安藤にもう一度立ち上がる勇気と、強化指定選手の座(自身の引退と引き換えに)、そしてモロゾフコーチを与えてくれた。
荒川が安藤に手を差し伸べた理由、それはそこが自分も通って来た道だからこそ、とも思う。
彼女も長野五輪の後はどん底だった。しかし、彼女の美しさはトリノまでの道程に於いて、世俗におもねる事無く常に凛としていた。
この大会は女王の座を継ぐセレモニーだったのかもしれない。
断頭台の上の如きこの世界フィギュアにて、安藤は荒川を継ぐ者として相応しく、選ばれし者のみが持つ品格を決して失わなかった。かつてアントワネットがマリア・テレジアの娘として、そうであったように。
ならば我らは平伏すのみ。安藤美姫は、美しい姫から美しい女王へ。
女王の座は見事に継承された。
続いて
ヨナ。
フィギュアファンとしては、やはり彼女のスケートの美しさにこそ惚れ惚れする。二回転んでも、その分は僕が芸術点を上げるからなんとかならないか。ダメか。
日本の金メダルを願う皆様には申し訳ないけど、勿論僕もその一人だけど、でも今回の中では一番好きな選手。
しかも僕とは晴れて腰痛メイツ同士。どうか僕の様にゴートゥヘル(ヘルニアになる)前に、養生して下さい。
++++++
で、
モロゾフ。
そのがめつく点を取りにくる(様に見える)プログラムは実はあまり好きじゃないのだけれど、その人を活かす力には脱帽。昨今巷にはカウンセラーや占い師が溢れて居るけど、本物は違うなあ。
あの4回転回避も「安全策」としてではなかったらしい。
むしろ安藤を「一つのジャンプ」ではなく「演目全般」に集中させることで、結果より高得点を狙う為だったとか。唸る事しきり。
けれど、何より賞賛すべきは、失意の中に居た安藤をその気にさせた手腕こそ。
名前からして甘いモロゾフが発した、その魔法の言葉は
「ミキはセクシー」とか。
やるなあ。一度も使った事は無いが試してみるかなあ。
思えばアテネ前、心も体格も変化した安藤に、しかし延々と同じイメージで踊らせ続けた事にこそ、あの失敗の原因があったと思う。代表選考レースに出遅れ、一発逆転に賭けざるを得なかった荒川が、結果そこで自分の演技を見つめ直す時間を得たのとは対照的。
勿論安藤には冒険に踏み切れない理由もあり、それをミスとは言わないが、夢見る頃を過ぎても「夢見る元気な女の子」を演じても、伝わってくるのは痛々しさだけ。今のモーニング娘。みたいなものだ。良く知らないけど。
ともあれ、今の彼女に相応しい演目を与えたモロゾフに感謝。
それに習って、モーニング娘。も別のプロデューサーに変えてやればいいのに。良く知らないけど。
++++++
最後に。
今回の安藤の復活、それを『灰かぶり姫(シンデレラ)』に例える事も出来る。
名前も「姫」だし、彼女に灰を投げつけた敵役にも事欠かないし。
悲劇的なアントワネットよりも、例えるならばこっちの方が相応しいのかもしれない。
王子様の詮索は止すとして。
けれど、今の安藤の滑りを魔法に例えるのは相応しくないだろう。
やっぱり
『エースをねらえ』の方がいいか。リンクでは誰でも一人、一人きり。
狙うべきエースとは四回転ジャンプ。
肩を脱臼した選手に「GO!」と叫んだ鬼コーチ・モロゾフが宗方コーチ。
荒川静香がお蝶夫人。
藤堂さんは…止しましょう。
それに、中野も村主も挑戦しているシンデレラを、安藤が叶えちゃったとするのは気が引ける。
まるで二人が「ガラスの靴を履くのは私よ」としゃしゃり出た、悪いお姉さんみたいだし。
安藤の偉業を讃えつつも、しかし今僕は「一スグリスト」として、
村主の『シンデレラ』をもう一度見たい。この大会だって、せめてエキシビジョンでも、、、どこからかあの
「スグリ玉」を手にした彼女が乱入しないかと思っていた人は少なくないはず。
(…いや、僕だけか)
そんな思いを抱き乍ら、来期を待つ。